―― カーマッチ滋賀守山店と、もう一度信じることを選んだ男――

信じる人


甲賀市、崩れた信頼

中村誠一は、五十二歳になっていた。甲賀市の外れにある古い賃貸アパートの一室で、彼は毎朝、天井の染みを見つめながら目を覚ます。かつて、彼は甲賀市内で小さな金属加工の会社を経営していた。従業員は十二人。決して大きくはなかったが、誠実に仕事をこなす会社として、地元では一定の信頼を得ていた。

その信頼を、誠一は五年前に失った。

長年の付き合いだった取引先であり、共同で新しい事業を立ち上げようとしていた男に、資金繰りを任せていた部分があった。誠一はその男を「兄弟のように」信じていた。しかし、その男は会社の運転資金を私的に流用し、姿を消した。残されたのは、誠一の名義で組まれた多額の借入れと、行き場を失った従業員たちだった。

会社は倒産した。誠一は自宅も手放し、従業員には頭を下げて回った。借金の整理には数年かかり、今もなお、信用情報にはその傷跡が残っている。

それ以来、誠一は人を信じることが怖くなった。銀行の窓口で書類を出すときも、誰かと契約を交わすときも、心のどこかで「また裏切られるのではないか」という声が響く。友人からの誘いも断り、次第に一人で過ごす時間が増えていった。

そんな誠一のもとに、ある日、思いがけない話が舞い込んだ。かつての取引先の一つで、今は湖南市で運送業を営む男から、「軽貨物の配送ドライバーをやってみないか」という誘いだった。

「中村さん、腕はいいし、誠実な人だってことは俺が一番知ってる。今、うちも人手が足りなくて困ってるんだ」

誠一は迷った。自分のような、過去に会社を潰した人間を、本当に信じてもらえるのだろうか。それでも、生活のためには何かを始めなければならない。誠一はその話を受けることにした。

しかし、大きな問題があった。配送の仕事には、自分の車が必要だった。誠一の手元には、まとまった貯金も、頭金として用意できるお金もなかった。


断られ続けた日々

誠一は、まず地元の甲賀市内にある金融機関のマイカーローン窓口を訪ねた。しかし、信用情報を確認された段階で、担当者の表情が曇るのを、誠一は何度も見てきた。

「中村様、大変申し訳ございませんが、現在の信用情報の状況では、当行でのお取り扱いは難しい状況です」

同じような言葉を、湖南市、そして甲賀市内の別の窓口でも聞かされた。中古車販売店をいくつか回ってみたが、頭金なしでの相談には難色を示され、「まずはまとまった頭金をご用意いただければ」と言われるばかりだった。

誠一は、車のインターネットオークションについても調べてみたことがある。個人でも中古車オークションを通じて安く車両を手に入れられるという情報を見つけたが、実際には落札には業者登録が必要な場合が多く、素人が安易に手を出せるものではないと分かり、諦めた。

「どうせ、自分のような人間は、誰にも信じてもらえない」

誠一の心には、そんな諦めが澱のように溜まっていった。だが、湖南市の運送会社からは「返事を待っている」と連絡が来ていた。このままでは、せっかく差し伸べられた手を、自分から振り払うことになってしまう。

ある晩、誠一はスマートフォンで何気なく「滋賀 自社ローン 中古車」と検索してみた。画面に表示されたのは、「カーマッチ滋賀守山店」という文字だった。頭金なしでのご相談、信用回復ローンの取り扱い、完全予約制――そうした案内が並んでいた。

「自社ローン、か。結局、法外な金利を取られるだけの話じゃないのか」

誠一は半信半疑だった。これまでの人生で、うまい話にはいつも裏があった。しかし、他に選択肢もなかった。誠一は、藁にもすがる思いで、電話をかけてみることにした。


守山市、疑いながらの訪問

電話に出たのは、店長だった。誠一は、努めて事務的な口調で用件を伝えた。

「中古車を探しています。ただ、頭金は用意できません。それに、過去に会社を倒産させていて、信用情報にも問題があります。それでも相談に乗ってもらえますか」

わざと、突き放すような聞き方をした。ここで「大丈夫です、絶対に通ります」などと軽々しく答えるようなら、この店も信用に値しないと、誠一は心のどこかで試すつもりだった。

しかし、店長の返事は違っていた。

「詳しいご事情、ありがとうございます。過去にご事業をされていた方からのご相談は、実は少なくありません。ただ、正直に申し上げますと、この電話だけで『大丈夫です』とお約束することはできません。当店では、お一人おひとりの現在のご状況や、これからのお仕事の見通しなどを、直接お会いして丁寧に伺った上で、ご案内できる内容を判断させていただいております。よろしければ、一度店舗にお越しいただけますでしょうか」

誠一は、拍子抜けするような感覚を覚えた。すぐに「大丈夫」と言われなかったことが、かえって信頼できる気がしたのだ。

数日後、誠一は守山市にあるカーマッチ滋賀守山店を訪れた。完全予約制の店内は静かで、他の客と顔を合わせることもなく、落ち着いて話ができる環境が整っていた。

店長は、まず誠一の過去の経緯――会社の倒産、取引先に裏切られた経緯、その後の借金整理――を、急かすことなく最後まで聞いた。そして、これから始めようとしている配送ドライバーの仕事について、具体的にどのような働き方になるのか、収入の見込みはどれくらいかを、丁寧に確認していった。

「中村様のお話を伺う限り、これから安定したお仕事に就かれる見込みがあり、収入の計画も具体的です。過去のご事情はご事情として、これから先の生活を一緒に考えさせていただければと思います」

誠一は思わず尋ねた。

「本当に、自分のような人間でも、車を持てるんでしょうか」

店長は、まっすぐに誠一の目を見て答えた。

「絶対にとは、私からは申し上げられません。それは無責任な言葉になってしまいますので。ですが、当店の自社ローンや信用回復ローンは、銀行のような一律の基準だけで判断するものではなく、お客様それぞれの事情と、これからの見通しを踏まえてご案内する仕組みです。中村様のように、これから立て直していこうとされている方にこそ、力になりたいと考えています」

その言葉に、誠一は長い間閉ざしていた何かが、少しだけ緩むのを感じた。


決断、そして一台の車

数日後、店長から連絡があった。書類と面談の内容を踏まえ、店として検討した結果が伝えられた。

「中村様、結論からお伝えします。頭金なしでの信用回復ローンにて、無理のない返済計画でご案内できると判断いたしました。ただし、最初のお車は、あまり高価なものではなく、燃費が良く、配送のお仕事にも適した、状態の良いコンパクトな一台からのスタートをご提案させてください」

その車両は、中古車オークションを通じて店舗が仕入れ、整備士が丁寧に点検・整備を施した一台だった。年式は新しくはなかったが、エンジンの状態も良く、荷物の積み下ろしがしやすい構造になっていた。

契約の日、誠一は書類にサインをしながら、複雑な思いに包まれていた。かつて、事業のために多くの契約書にサインをしてきた。そのたびに、信頼と裏切りの両方を経験してきた。今回もまた、何かを信じて、一歩を踏み出そうとしている。

「中村様、これからお仕事、頑張ってください。何かご不安なことがあれば、いつでもご相談ください」

店長の言葉には、押し付けがましさがなかった。ただ、静かに誠一の再出発を後押しする言葉だった。

車を受け取った日、誠一は運転席に座り、しばらくハンドルを握ったまま動けずにいた。エンジンをかける。数年ぶりに感じる、自分だけの車の感触だった。


配送の日々、八つの街で

誠一の新しい仕事は、湖南市の運送会社を拠点に、滋賀県内の広い範囲を回る軽貨物配送だった。守山市、栗東市、草津市、大津市、長浜市、東近江市、甲賀市、湖南市――八つの街を、日替わりでめぐるルートだった。

最初の数週間、誠一は誰に対しても、どこかよそよそしい態度を取っていた。荷物を届けても、必要最低限の言葉しか交わさない。それは、これ以上誰かに近づいて、また裏切られることを恐れていたからだった。

だが、配送の仕事を続けるうちに、誠一の心は少しずつ変化していった。

栗東市のある工場では、受付の女性がいつも「中村さん、今日も暑い中お疲れ様です」と、冷たいお茶を差し出してくれた。最初は戸惑っていた誠一だったが、次第に、その何気ない優しさを素直に受け取れるようになっていった。

草津市のスーパーマーケットでは、店長が誠一の丁寧な荷降ろしの仕方に気づき、「あなたみたいに、いつも同じ場所に、同じように綺麗に置いてくれる人は少ないんですよ」と声をかけてくれた。誰かに認められるということが、誠一にとってどれほど久しぶりのことだったか。

大津市では、高齢の一人暮らしの女性宅への配達を任されるようになった。荷物を届けるたびに、その女性は誠一を家に招き入れ、少しだけお茶を飲んでいくよう勧めた。最初は断っていた誠一だったが、ある日、女性の身体の具合が心配になり、少しだけ立ち話をするようになった。

「あなた、辛いことがあったんでしょう。顔を見ればわかりますよ」

女性の何気ない一言に、誠一は思わず涙をこらえた。誰かに自分の内面を見透かされたのは、何年ぶりだろうか。

長浜市では、農家の家族から、季節ごとの収穫物の配送を任されるようになった。長浜の田園風景の中を車で走りながら、誠一は少しずつ、自分の中の頑なさが解けていくのを感じていた。

東近江市では、若い夫婦が営む小さなパン屋への配達を担当した。開店したばかりのその店は、まだ経営が安定していなかったが、夫婦は誠一が届ける小麦粉や資材を、いつも笑顔で受け取ってくれた。「中村さんが時間通りに届けてくれるから、安心してお店を回せます」という言葉が、誠一の仕事への誇りを少しずつ育てていった。

甲賀市――誠一自身が暮らす街でもある――では、かつて自分の会社があった地域を配送で通ることもあった。倒産した工場の跡地を横目に見ながら、誠一は複雑な感情を抱いた。だが、その感情に押しつぶされることなく、今の自分にできる仕事を、一つひとつ丁寧にこなしていくことに、誠一は集中するようにしていた。

湖南市の拠点に戻るたびに、運送会社の社長――誠一を誘ってくれたあの男――は、いつも変わらぬ態度で接してくれた。

「中村さん、最近、表情が変わってきたな。前は、いつも何かに怯えてるみたいな顔してたけど」

誠一は苦笑いをするしかなかった。だが、その言葉は的を射ていた。


試される信頼

配送の仕事を始めて半年ほど経ったある日、誠一は大きな試練に直面した。

その日、誠一は大津市の企業から、重要な契約書類と、高価な精密機器の部品を、長浜市の取引先まで届ける仕事を任されていた。時間指定は厳しく、荷物の性質上、少しの遅れも許されない配送だった。

しかし、出発してまもなく、琵琶湖沿いの道路で大雨に見舞われた。視界は悪化し、一部区間では通行規制がかかっているという情報も入ってきた。カーナビの表示するルートは、次々と使えなくなっていく。

かつての誠一であれば、ここで諦め、言い訳を並べて連絡を入れていたかもしれない。あるいは、パニックに陥り、無理な運転をして事故を起こしていたかもしれない。

だが、誠一は冷静に、これまでの配送経験で培った土地勘――守山から栗東、草津、そして大津へと抜ける裏道の知識――を頼りに、迂回ルートを選択した。愛車のコンパクトな車体は、狭い道でも小回りが利き、悪天候の中でも安定した走行を支えてくれた。

途中、ワイパーが雨を弾く音を聞きながら、誠一はふと思った。

――この車が、自分を信じて働かせてくれている。

カーマッチ滋賀守山店で車を受け取ったあの日、店長が言っていた言葉を思い出す。「絶対に大丈夫とは言えません。でも、一緒に無理のない道を探しましょう」。あの言葉は、単に車のローンについてだけではなく、まるで人生そのものに対する姿勢のようにも思えた。

誠一は、指定された時刻の五分前に、長浜市の取引先に到着した。担当者は驚いた様子で誠一を出迎えた。

「この大雨の中、よくぞ時間通りに……。正直、諦めていました」

誠一は、ただ静かに頭を下げた。

「お約束した時間ですから」

その一言に、担当者は深く頷いた。この出来事は、運送会社の社長の耳にも届き、誠一への信頼は、さらに確かなものになっていった。


もう一つの再会

配送の仕事を続けて一年が過ぎた頃、誠一は思いがけない再会を果たすことになる。

湖南市のとある事務所への配達で、誠一は受付にいた男性と目が合った。その顔には、見覚えがあった。かつて、誠一の会社の資金を持ち逃げした、あの取引先の男だった。

男は明らかに動揺していた。誠一もまた、一瞬、体が固まるのを感じた。長年、心の奥底で燻り続けていた怒りと憎しみが、一気に込み上げてくる。

しかし、誠一は、荷物を静かにカウンターに置き、いつもと変わらぬ態度で、受け取りのサインを求めた。

「……中村、さん。俺のこと、覚えて、いるよな」

男は震える声で言った。

誠一は、しばらく黙っていた。そして、静かに口を開いた。

「覚えているよ。でも、今日はただの配送だ。サインをお願いします」

それ以上、誠一は何も言わなかった。事務所を後にし、車に乗り込んでから、誠一はしばらくハンドルに突っ伏していた。込み上げてくるのは、怒りだけではなかった。あの裏切りがあったからこそ、自分は今、こうして新しい生き方を見つけることができたのかもしれない――そんな、複雑な感情だった。

その夜、誠一は久しぶりに、湖南市の運送会社の社長に、事のあらましを話した。社長は静かに耳を傾けた後、こう言った。

「中村さんは、あの男を許す必要はない。でも、あの男のために、自分の人生を止める必要もない。もう、あんたは十分に、自分の力で立ち直ったんだから」

誠一は、その言葉に静かに頷いた。


信じるということ

配送の仕事を始めて二年が経つ頃、誠一の生活は大きく安定していた。信用回復ローンの返済も計画通りに進み、残りの返済も見通しが立つようになっていた。運送会社では、新人ドライバーの指導も任されるようになり、誠一の丁寧な仕事ぶりは、社内でも評判になっていた。

ある日、誠一は久しぶりに、カーマッチ滋賀守山店を訪れた。次のステップとして、より積載量の多い車両への乗り換えを相談するためだった。

「中村様、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

店長は、誠一の顔を見て、笑顔で迎えた。

「あの時、一緒に無理のない形を探してくれて、本当に助かりました。あれから、いろんな街を回って、いろんな人に出会って……。人を信じるのが怖かった自分が、少しずつ変わっていけたのは、あの日、あなたが『絶対に大丈夫』なんて言わずに、正直に向き合ってくれたからだと思っています」

店長は、静かに頷いた。

「私たちも、お客様に対して、無責任な約束はしたくないと思っています。ただ、その分、しっかりとお話を伺い、できる限りのご提案をさせていただく。それが、当店の変わらない姿勢です。中村様のように、時間をかけて信頼を積み重ねてくださる方がいることが、私たちにとっても、何よりの励みになります」

誠一は、店内に並ぶ中古車たちを見渡しながら、ふと思った。この店にある車の一台一台にも、これから誰かの人生を支える物語が始まろうとしているのかもしれない、と。

自社ローン、頭金なし、信用回復ローン、中古車販売、中古車オークション――誠一にとって、それらの言葉は、単なる金融商品の名前ではなくなっていた。それは、もう一度誰かを、そして自分自身を信じるための、確かな一歩の記録だった。

守山市、栗東市、草津市、大津市、長浜市、東近江市、甲賀市、湖南市。誠一が配送で走り抜けてきた、この八つの街のどこかにも、かつての誠一のように、人を信じることに疲れ、一歩を踏み出せずにいる誰かがいるかもしれない。

もし、その誰かがこの店の扉を叩くことがあれば――カーマッチ滋賀守山店の店長やスタッフたちは、きっと今日も変わらず、正直に、丁寧に、その人の話に耳を傾けるだろう。

「絶対に通ります」ではなく、「一緒に、無理のない道を探しましょう」。

その静かな言葉こそが、誠一の人生を変え、そしてこれからも、滋賀の街に暮らす誰かの人生を、静かに支え続けていくのだろう。

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