明日へ続く道 ~カーマッチ滋賀守山店、15の奇跡~
2026/07/14
第1章 オープンの日、まだ誰も知らない店だった
滋賀県守山市。琵琶湖から吹く風がまだ少し冷たい、三月のことだった。
国道沿いに、真新しいショールームがひとつ建った。ガラス張りの店内には磨き上げられた中古車が並び、入口には控えめな看板が掲げられている。「カーマッチ滋賀守山店」。
店長の野中孝之は、開店前のがらんとした店内で、一台一台の車体を布で拭きながら考えていた。
——本当にこの店でやっていけるのだろうか。
野中には、他の中古車販売店では当たり前にされていることが、どうしても引っかかっていた。ローンの審査に落ちた人に「他を当たってください」とだけ告げて終わる商談。走行距離とグレードだけで人を判断する接客。売れればそれでいい、という空気。
彼が守山の地に店を構えた理由は単純だった。「車を売る店ではなく、人の人生を前へ進める店を作りたい」。そう心に決めていたからだ。
しかし、理念だけでは家賃も従業員の給料も払えない。開店初日、ショールームの前を車で通り過ぎる人はいても、足を止める人はいなかった。二日目も、三日目も同じだった。スタッフの中には「本当にこのままで大丈夫でしょうか」と不安を漏らす者もいた。
野中は無理に励ますことはしなかった。ただ、毎朝一番に店に来て、ショーケースの車を磨き、店内の掃除をし、来るはずのお客様のために椅子を並べ直した。
守山市はもちろん、隣接する草津市や栗東市、少し足を延ばせば大津市や湖南市、甲賀市、東近江市、さらには長浜市からも人が訪れる可能性がある土地柄だ。琵琶湖線や国道8号線、名神高速道路が通り、県内各地からのアクセスも悪くない。だからこそ、「この立地には意味がある」と野中は信じていた。
問題は、知名度がまだゼロに等しいということだった。ホームページはあっても検索に出てこない。地図アプリで「中古車販売店」と調べても、上位には出てこない。SNSのフォロワーも数える程度。
「まずは一人でいい。ちゃんと向き合えるお客様と出会いたい」
野中はそう繰り返し、スタッフに伝えていた。焦って安売りチラシを打つよりも、来てくれた一人のお客様を全力で幸せにすること。それが、遠回りに見えて一番の近道だと信じていたからだ。
夜、誰もいなくなったショールームで、野中は一人、店の理念を紙に書き出していた。
「オートローンで断られた方へ、次の選択肢を。」 「信用回復ローンという道があることを、知ってほしい。」 「頭金がなくても、まず相談できる場所でありたい。」 「自社ローンだからこそ、その人に合わせた返済計画を一緒に考えられる。」
それは単なる営業文句ではなく、野中自身がこれまで見てきた"あきらめかけた人たち"の顔を思い出しながら書いた、一つひとつの約束だった。
翌朝、店のドアを開けたとき、野中は小さく息を吸い込んだ。
まだ誰も知らない店。まだ実績もない店。けれど、いつかここが「困ったときに思い出してもらえる場所」になる日を、彼は信じて疑わなかった。
守山の空は、その日も静かに晴れていた。ショールームのガラス越しに差し込む朝日が、磨き上げられた車体を照らす。まだ誰も座っていない商談スペースの椅子を、野中はもう一度、丁寧に並べ直した。
——今日こそ、誰かが来てくれるかもしれない。
その小さな期待こそが、後にたくさんの人の人生を変えていく物語の、最初の一歩だった。
第2章 最初のお客様は、ローンに落ち続けた父親だった
オープンから一週間が過ぎたある日の午後、一台の軽自動車がショールームの駐車場にゆっくりと入ってきた。
降りてきたのは、作業着姿の男性だった。名前を田村といった。守山市内の工場で真面目に働き、休みの日には子どもと近所を散歩する、ごく普通の父親だ。
「あの、中古車を探しているんですが……ローンのことでご相談したくて」
田村は申し訳なさそうに切り出した。話を聞くと、事情が見えてきた。数年前、体調を崩して仕事を休んだ時期があり、そのときにクレジットカードの支払いが数か月遅れてしまったことがあるという。今はきちんと働き、収入も安定している。それなのに、二社、三社と申し込んだオートローンの審査に、立て続けに落ちていた。
「収入はあるんです。仕事もちゃんとしています。でも、審査に通らなくて……」
田村の声には、疲れがにじんでいた。子どもの保育園の送り迎えは自転車。雨の日も、真夏の炎天下も、子どもを乗せて何キロも走ってきたのだという。「せめて雨の日だけでも、車で送ってあげたいんです」。その一言に、野中は胸を突かれた。
野中はまず、田村の話をひたすら聞いた。車種の希望も、予算も、もちろん大切だ。しかしそれ以上に、「なぜ車が必要なのか」「これまでどんな苦労をしてきたのか」を知ることが先だと、野中は考えていた。
「田村さん、一般のオートローンが難しくても、方法はまだあります。焦らず一緒に考えましょう」
そう伝えたとき、田村の表情がわずかに緩んだのを野中は見逃さなかった。それまで何店舗も回り、「うちでは難しいですね」と断られ続けてきたのだろう。「一緒に考えましょう」という言葉を、田村はどこか信じられない様子で聞いていた。
野中は、信用回復ローンという選択肢や、状況によっては自社ローンという道もあることを、専門用語を並べるのではなく、田村の生活に合わせてかみ砕いて説明した。頭金がいくら必要か、月々の返済がどれくらいになるか、無理のない範囲はどこまでか。数字だけでなく、田村の暮らしぶりに寄り添いながら一つずつ確認していった。
「正直に言うと、もう車を持つのは無理なんじゃないかと思っていました」
田村がぽつりとこぼした言葉に、野中は静かにうなずいた。
「無理だと決めつける前に、できることを一緒に探しましょう。それが私たちの仕事です」
この日、野中とスタッフは、店の理念が単なる言葉ではなく、実際に目の前の一人を救う力になり得ることを初めて実感した。売上のための接客ではなく、人生に寄り添うための接客。それがどういうものか、田村との対話を通じて、店全体が学んだ瞬間だった。
田村はその日、契約書にサインをしなかった。「少し家族と相談させてください」と言って店を後にした。野中は無理に引き止めなかった。「いつでもまたいらしてください。一緒に考えますから」とだけ伝えた。
その日の夜、野中はスタッフとともに、田村への提案内容を改めて見直していた。無理に契約を急がせるのではなく、田村自身が納得したうえで決断できることが何より大切だと考えていたからだ。「もし他の店とも比較したいなら、それでいい。うちを選んでもらえるかどうかより、田村さんが後悔しない選択をすることの方が大事だ」。野中はスタッフにそう語った。
三日後、田村は再び店を訪れた。今度は妻と、小さな子どもを連れて。
「やっぱり、ここでお願いしたいと思って」
田村は少し照れくさそうにそう言った。妻もうなずきながら、「主人が、"あの店は最後まで一緒に考えてくれた"と何度も話していたので」と付け加えた。実は田村は、あの日から二軒ほど別の販売店を回っていたのだという。しかし、どちらの店でも「審査は厳しいと思います」とだけ告げられ、それ以上の提案はなかった。
「ここまで一緒に考えてくれる店は、他にありませんでした」
田村のその一言に、野中とスタッフは、思わず顔を見合わせた。守山という土地に根を張り始めたばかりのこの店に、初めて心から信頼を寄せてくれたお客様が現れた瞬間だった。
第3章 "無理です"と言われたその先へ
田村一家との契約に向けて、野中は改めてスタッフとともに、店の"仕組み"を丁寧に説明する時間を作った。守山市だけでなく、草津市や栗東市、大津市、湖南市、甲賀市、東近江市、長浜市からも同じような悩みを抱えた人が訪れるようになると、野中は確信していたからだ。だからこそ、店として迷わず案内できる道筋を、いま一度整理しておきたかった。
一般的なオートローンは、信販会社の審査基準に基づいて可否が決まる。過去の支払い状況や勤務年数、年収など、いくつもの項目が総合的に判断される。田村のように、現在は問題なく働いていても、過去の一時的な事情が響いて審査に通らないケースは決して珍しくない。
「"無理です"で終わらせない。それが、うちの店の役割だと思っています」
野中はスタッフにそう繰り返し伝えていた。一般のオートローンが難しい場合、次に検討できるのが信用回復ローンだ。これは、過去に支払いの遅れなどがあった方でも、現在の状況や返済計画をふまえて相談できる仕組みで、頭金なしから相談を始められる場合もある。それでも難しい状況であれば、店が直接お客様と契約を結ぶ自社ローンという選択肢もある。
大切なのは、どの道を選ぶにしても「その人にとって無理のない返済かどうか」を最優先に考えることだと野中は繰り返した。数字の上でローンが組めたとしても、生活が苦しくなってしまっては意味がない。だからこそ、月々の収入や支出、家族構成、将来の予定まで丁寧にヒアリングしたうえで、無理のない返済計画を一緒に組み立てていく。
「ローンを組ませる店ではなく、人生を一緒に考える店でありたい」
これは野中が開店前からノートに書き続けてきた言葉であり、田村一家との出会いを経て、店の全員が実感を持って共有できる理念になった。
スタッフの一人、経理を担当する若手社員はこう振り返る。「最初は正直、"審査が厳しいお客様にどう対応すればいいのか"という不安がありました。でも野中店長は、"できない理由を探すのではなく、できる方法を探そう"といつも言うんです。その姿勢が、私たちの仕事の軸になりました」。
こうした店の考え方は、野中が一人で決めたものではなかった。開店前、野中は他府県の同業店舗をいくつも訪ね歩き、どのような形でお客様と向き合っているかを学んできた。その中で強く感じたのは、「審査基準」という言葉の裏に、一人ひとりの生活があるという当たり前の事実が、時に見落とされてしまうということだった。
「頭金なし」という言葉一つをとっても、その意味は人によって全く違う。ある人にとっては、まとまった貯蓄がないことへの不安の表れであり、また別の人にとっては、今この瞬間に車が必要だという切実な事情の表れでもある。だからこそ、野中は「頭金なしから相談できます」という案内を、単なるキャッチコピーとしてではなく、"まず話を聞かせてください"という姿勢そのものとして掲げてきた。
大切なのは、どの道を選ぶにしても「その人にとって無理のない返済かどうか」を最優先に考えることだと野中は繰り返した。数字の上でローンが組めたとしても、生活が苦しくなってしまっては意味がない。だからこそ、月々の収入や支出、家族構成、将来の予定まで丁寧にヒアリングしたうえで、無理のない返済計画を一緒に組み立てていく。
田村一家の契約はその後、無理のない月々の返済額で成立した。契約書にサインをする田村の手は、少し震えていた。
「本当にありがとうございます。まさか自分が、まともに車を持てるとは思っていなかったので」
野中はその言葉に深くうなずきながら、心の中でもう一つの決意を固めていた。この店に来てくれる一人ひとりに対して、「難しい」で終わらせず、「どうすれば一緒に前へ進めるか」を考え続けること。それが、守山という土地に根を張り、草津、栗東、大津、湖南、甲賀、東近江、長浜と、少しずつ輪を広げていくための、最初の礎になると確信していた。
第4章 全国オークション、その一台を探して
田村一家との契約から数週間後、店にはまた新しいお客様が訪れていた。今度は、守山市内でパート勤務をしながら二人の子どもを育てる女性、中川だった。
「白のプリウスがいいんです。予算は100万円以内で、なるべく燃費のいい車を」
中川の希望ははっきりしていた。しかし、あいにく店頭には条件に合う在庫がなかった。ここで「うちにはありません」と伝えて終わらせることもできる。しかし野中とスタッフは、それでは店の存在意義がないと考えていた。
「店頭になければ、探しに行けばいい」
そう言って、仕入れ担当のスタッフが向かったのは、全国の中古車が日々何万台も出品される業者専用オークション会場だった。パソコンの画面には、朝から夜まで絶え間なく車両情報が更新されていく。年式、走行距離、修復歴の有無、内装の状態——一台一台の情報を見極めながら、中川の希望に近い車両を探す作業が始まった。
「白のプリウスって、条件が近いものはたくさん出るんですが、その中で本当に状態の良いものとなると、意外と少ないんですよ」
仕入れ担当のスタッフはそう語る。写真だけでは分からない内装の傷や、過去の修復歴、下取りに出された経緯なども、オークションの詳細データや過去の取引履歴を照らし合わせながら丁寧に確認していく。安いからといって飛びつくのではなく、「この車なら、自信を持ってお客様に届けられる」と思えるものだけを選び抜く。
数日が経ち、ようやく一台の候補が見つかった。年式も走行距離も中川の希望に近く、修復歴もない、状態の良い白のプリウスだった。
「これだ、と思いました」
仕入れ担当のスタッフは、その瞬間をそう振り返る。すぐに野中に報告し、店として入札を決めた。オークションでは他の業者との競争になることも多く、必ず落札できるとは限らない。祈るような気持ちで結果を待った末、無事にその一台を仕入れることができた。
店に運び込まれたプリウスを見たとき、スタッフの間には静かな達成感が広がった。しかし、それで終わりではない。ここからさらに、納車に向けた整備と点検が始まる。
中川に「ご希望に近いお車が見つかりました」と連絡を入れたとき、電話越しの声が明るく弾んだのを、野中は今でも覚えているという。
「守山の店だからといって、守山にある車しか紹介できないわけではありません。全国のネットワークを使って、その方に本当に合う一台を探す。それが、地域密着でありながら選択肢を狭めない、うちの店のやり方です」
野中はそう語る。中古車販売店にとって、在庫は店の力そのものとも言える。しかし、限られた店頭スペースだけでは、すべてのお客様の希望に応えることはできない。だからこそ、全国オークションという広大なネットワークを活用することが、店にとって欠かせない武器になっていた。
仕入れ担当のスタッフは、日々の業務についてこう語る。「毎日、何万台という車が全国のオークション会場に出品されます。その中から、お客様一人ひとりの希望に近い車を見極めるのは、正直、根気のいる作業です。でも、"この一台をあの方に届けたい"と思える車が見つかったときの達成感は、何物にも代えがたいものがあります」。
中川に届けられた白いプリウスは、その後、二人の子どもの送り迎えや、休日の買い物、時には草津市や栗東市に住む友人を訪ねる際にも活躍しているという。「あのとき、"うちには在庫がありません"で終わらせずに、探してもらえて本当に良かったです」と、中川は後日、店にそう伝えている。
草津、栗東、大津、湖南、甲賀、東近江、長浜——どの地域から相談に来ても、店頭の在庫だけでなく、全国から希望に合う一台を探し出す。その姿勢が、少しずつ口コミとなって広がり始めていた。
第5章 整備士が守る、本当の安心
全国オークションから仕入れられた一台の中古車が、店に運び込まれてから納車されるまでには、多くの人の手が加わっている。その中心にいるのが、整備士たちだ。
カーマッチ滋賀守山店の整備ピットでは、納車前点検が徹底して行われる。エンジンオイルやバッテリー、ブレーキパッド、タイヤの溝——どれも見た目にはわかりにくい部分だが、安全に直結する箇所だ。整備士の一人、入社して五年目のベテランはこう語る。
「お客様の目に触れない部分だからこそ、手を抜けないんです。むしろ、見えない部分こそが一番大事だと思っています」
ある日、中川に届けるはずの白いプリウスの点検中、ブレーキパッドの残量がわずかに基準を下回っていることが分かった。まだ使える範囲ではあったが、次の車検までにはおそらく交換が必要になる状態だった。
「これ、どうする?」
若手の整備士が先輩に尋ねた。今すぐ交換しなくても、法律上は問題ない範囲だ。しかし、先輩整備士はしばらく部品を見つめたあと、静かに言った。
「この車には、小さい子どもがいる家族が乗るんだよな。だったら、交換しよう」
利益だけを考えれば、必要最低限の整備で済ませることもできる。しかし、整備士たちの間には「この車に、どんな人が乗るのか」を想像する習慣が根付いていた。中川が二人の子どもを乗せて走る姿を思い浮かべたとき、迷いは消えた。
ブレーキパッドの交換だけでなく、消耗品のチェック、内装のクリーニング、細かな傷の補修まで、一つひとつの工程に時間をかけていく。効率だけを考えれば、もっと早く仕上げることもできるだろう。しかし、野中は整備部門に対して「スピードよりも納得を優先してほしい」と繰り返し伝えていた。
「うちは中古車販売店です。新車とは違い、一台一台の状態が違います。だからこそ、"だいたい大丈夫"ではなく、"間違いなく大丈夫"と言い切れる整備をしたいんです」
整備士たちは、点検の結果を専門用語だけで済ませず、なるべく分かりやすい言葉でお客様に説明することも心がけている。「ここはこういう理由で交換しました」「ここは問題ないので今回は交換していません」と、一つひとつ理由を添えて伝える。それは、お客様が抱く漠然とした不安を、具体的な安心に変える作業でもあった。
中古車販売店における整備の在り方は、店によって大きく異なる。中には、最低限の法定点検だけを行い、あとはお客様任せにしてしまう店も少なくない。しかし、カーマッチ滋賀守山店では、納車前の点検項目を独自に細かく設定し、法定点検の範囲を超えた部分まで確認するようにしている。
「うちの整備士は、"この価格帯でここまでやるのか"と、業界の知り合いから驚かれることもあります」
野中は少し誇らしげにそう語る。もちろん、手間をかければかけるほど、店側のコストは増えていく。それでも、納車後にお客様が安心して乗り続けられることの方が、目先の効率よりもずっと大切だと、店全体で共有されていた。
整備ピットでは、季節ごとの点検にも力を入れている。夏場はエアコンの効き具合やバッテリーの状態、冬場はワイパーゴムの劣化やスタッドレスタイヤへの交換相談など、滋賀県の気候特性に合わせた細やかな対応も欠かさない。守山や草津のように琵琶湖に近い地域では、湿気による車体の傷みにも配慮が必要になる。
守山の整備ピットは、決して広くはない。それでも、整備士たちの手によって、一台一台の車が「この家族に届けても大丈夫」と胸を張れる状態に仕上げられていく。派手さはないが、店の信頼を最も足元で支えているのは、この整備の現場だと言えるだろう。
第6章 納車の日に流れた涙
田村一家の納車日は、よく晴れた土曜日だった。
約束の時間より少し早く、田村家の四人がショールームに姿を見せた。父親の田村、母親、そして二人の子ども。子どもたちは、磨き上げられた車を見て目を輝かせていた。
「これが、うちの車……」
田村は車の前に立ち、しばらく言葉を失っていた。運転席のドアに手をかけ、そっと開ける。中を覗き込み、シートに触れる。その手の動きは、まるで大切な何かを確かめるようだった。
「人生で初めて、自分の名義で車を持ちました」
田村がぽつりと言った言葉に、隣にいた妻が静かにうなずいた。これまで何年も、雨の日も炎天下も自転車で子どもを送り迎えしてきた日々。何度もローンの審査に落ち、「自分たちには無理なのかもしれない」と思いかけた夜もあったという。
「今日から、雨の日も濡れずに保育園に行けるね」
母親が子どもに話しかけると、後部座席に乗り込んだ子どもが、満面の笑みでこう言った。
「今日から旅行にも行けるね!」
その無邪気な一言に、その場にいた大人たちの空気が一瞬にして緩んだ。そして次の瞬間、田村の目に涙が浮かんでいるのに、野中は気がついた。
「すみません、なんか、こんなことで……」
田村は笑いながら、涙を拭った。恥ずかしそうにしながらも、その涙を隠そうとはしなかった。
「田村さん、"こんなこと"じゃないですよ。田村さんとご家族にとって、今日は特別な日です」
野中がそう声をかけると、田村はもう一度深くうなずいた。
この日、店に立ち会っていたスタッフ全員が、同じ気持ちを共有していた。ローンの審査、車両の仕入れ、整備、点検——一つひとつの工程には、それぞれの担当者の時間と労力がかかっている。しかし、その積み重ねが最終的にこうして一つの家族の笑顔と涙につながる瞬間を目の当たりにすると、仕事の意味がまるで違って見えてくる。
「この仕事をしていて、本当に良かった」
若手スタッフの一人は、納車を見送ったあと、そう漏らした。守山のショールームの前で、田村一家を乗せた車がゆっくりと走り去っていく。その後ろ姿を見つめながら、野中は静かに、しかし確かな手応えを感じていた。
一台の車を売る、という仕事の先には、こんなにも豊かな瞬間が待っている。それを実感できたこの日を境に、店のスタッフたちの仕事に対する姿勢は、少しずつ、しかし確実に変わっていった。
野中は後日、このときのことをこう振り返っている。「納車は、私たちにとってゴールではなく、お客様の新しい生活のスタート地点なんです。田村さんご家族が笑顔で店を後にする姿を見送ったとき、"この仕事の本当の意味はここにあるんだ"と、初めて心の底から実感できました」。
それ以来、店では納車の日を特別な時間として大切にするようになった。単に鍵を渡して手続きを終えるのではなく、お客様と一緒に車の周りを一周し、装備の使い方を一つひとつ確認しながら、その車での新しい生活について会話を交わす。時間にすれば長くても数十分のことだが、その積み重ねが、店とお客様との間に温かい記憶を残していく。
「納車の日は、スタッフ全員が少しそわそわするんです」と、あるスタッフは笑いながら語る。「どんな表情でお客様が来てくださるか、いつも楽しみで仕方ありません」。田村一家の涙は、その後の店の在り方を静かに、しかし確実に方向づける、大きな出来事となった。
第7章 紹介という名の信頼
田村一家の納車から、一か月ほどが過ぎたころだった。ショールームに、見覚えのない男性が訪れた。
「田村から聞いて来ました。あいつが"あの店なら、ちゃんと話を聞いてくれる"って言うから」
田村の職場の同僚だという。彼もまた、過去のローンの返済状況が原因で審査に不安を抱えていた一人だった。広告を見たわけでも、検索して探し当てたわけでもない。ただ、田村という一人のお客様の口コミだけを頼りに、守山市の店まで足を運んでくれたのだ。
野中にとって、これは何よりも嬉しい出来事だった。開店当初、知名度もなく、来店もほとんどなかった店に、こうして人が人を呼ぶ形でお客様が訪れるようになったのだ。
それからも、紹介は少しずつ、しかし着実に広がっていった。同僚がまた別の友人を紹介し、その友人が家族を連れてくる。ある時は、草津市に住む親戚を紹介されたお客様が来店し、また別の時は、栗東市から「大津の友人に勧められて」というお客様が訪れた。
「広告費をかけて集客するよりも、一人のお客様に本気で向き合うことのほうが、結果的に多くの人に届く」
野中はそう実感するようになっていた。もちろん、ホームページや地図アプリでの情報発信も欠かさなかった。しかし、店の評判を本当の意味で支えていたのは、実際に車を購入し、満足してくれたお客様たちの生の声だった。
「ここなら、話だけでも聞いてくれる」
紹介で訪れるお客様の多くが、口をそろえてそう言った。ローンの審査に不安があっても、頭ごなしに断られることなく、まずは状況を聞いてもらえる。それだけで、これまで何店舗も回って断られ続けてきた人たちにとっては、大きな安心材料になっていたのだ。
紹介で来店したお客様の中には、開口一番、こう切り出す人もいた。
「実は、他の店で何度も"うちでは難しいですね"と言われてきたんです。でも、友人が"あそこなら、ちゃんと相談に乗ってくれる"と言うので」
野中はそのたびに、開店当初にノートに書いた言葉を思い出していた。「"無理です"で終わらせない」。その姿勢を貫き続けてきたことが、少しずつ形になって返ってきていることを実感する瞬間だった。
スタッフの一人は、この時期をこう振り返る。「口コミで来られるお客様は、最初から少し安心した表情をされているんです。"きっとこの店なら大丈夫"と思って来てくださっているのが伝わってきて、私たちも身が引き締まる思いでした」。
広告ではなく、信頼の連鎖で少しずつ広がっていく評判。守山という一つの町から始まった小さな物語は、こうして緩やかに、しかし確実に、周辺の地域へと輪を広げ始めていた。
野中は、この時期を振り返ってこう語る。「正直、開店してしばらくは、"どうやって集客すればいいのか"ということばかり考えていました。でも、田村さんの一件をきっかけに、"集客しよう"とするより、"目の前の一人に本気で向き合おう"とする方が、結果的に多くの人に届くんだと気づかされました」。
紹介で来店するお客様の多くは、すでに店に対してある程度の信頼を持った状態で訪れる。そのぶん、初対面であっても話がスムーズに進みやすく、スタッフとの距離も自然と縮まりやすい。ある紹介客はこう話していた。「友人から"あそこはしつこい営業もされないし、無理な提案もされない"と聞いていたので、安心して来られました」。
こうした声を受けて、野中はスタッフに改めて伝えるようになった。「僕たちの本当の営業活動は、チラシを配ることじゃない。今、目の前にいるお客様に、誠実に向き合うことそのものなんだ」。その言葉は、店の隅々にまで浸透していった。
第8章 シングルマザーが見つけた希望
草津市に住む山口が店を訪れたのは、ある平日の夕方だった。幼い娘を保育園に預けたあと、仕事を終えてそのまま来店したという。
「車が必要なんです。でも、正直、自分にローンが組めるのか不安で……」
山口はシングルマザーとして、一人で娘を育てていた。保育園の送り迎え、仕事、買い物。車がなければ生活が回らない毎日だったが、収入は決して多くなく、まとまった頭金を用意する余裕もなかった。
「頭金がなくても、まずは相談させてください」
野中は山口の話をじっくりと聞いた。収入、生活費、娘の将来のこと。数字だけを見れば、不安要素は確かにある。しかし野中は、山口が置かれている状況を「難しい案件」としてではなく、「一緒に方法を探すべき相談」として受け止めていた。
「実は、何店舗か回ったんですけど、"審査が厳しいと思います"と言われて、途中で心が折れそうになっていました」
山口は少し目を伏せながらそう話した。何度も断られる経験は、単に車が買えないという以上に、人としての自信そのものを削っていく。野中はそのことをよく理解していた。
野中とスタッフは、山口の収入と支出を丁寧に整理し、無理のない月々の返済額を一緒に計算した。頭金なしから始められる自社ローンの仕組みを使い、車両の価格帯も山口の生活に負担をかけすぎない範囲で提案した。
「一度組んだローンで生活が苦しくなってしまっては、本末転倒です。山口さんと娘さんの生活が、きちんと回っていくことが一番大切ですから」
野中の言葉に、山口は何度もうなずいた。
数週間後、山口の元に一台の車が届いた。コンパクトで燃費も良く、チャイルドシートもしっかり取り付けられる車種だった。納車の日、山口は娘を保育園に迎えに行き、その足でショールームに立ち寄った。
車を初めて見た娘は、目を丸くして車の周りをぐるぐると歩き回った。
「ママ、これ、うちの車?」
娘の問いに、山口は涙をこらえながらうなずいた。
「そうだよ。今日から、ママの運転で一緒にお出かけできるね」
娘は満面の笑みでこう言った。
「ママ、ありがとう!」
その言葉を聞いた瞬間、山口の涙腺はついに緩んだ。隣で見守っていた野中とスタッフも、思わずもらい泣きしそうになったという。
「私一人だったら、絶対にあきらめていたと思います。でも、"一緒に考えましょう"って言ってもらえたから、ここまで来られました」
山口はそう言って、深く頭を下げた。
この出来事は、店のスタッフにとっても大きな意味を持つものになった。頭金の有無や過去の状況にかかわらず、まずは一人の人として向き合い、その人の生活に本当に合った形を一緒に探していく。それこそが、カーマッチ滋賀守山店が守り続けてきた姿勢そのものだった。
山口のケースは、店にとってもう一つの気づきをもたらした。ひとり親家庭にとって、車は単なる移動手段ではなく、仕事と育児を両立させるための生命線になり得るということだ。以来、店では、ひとり親家庭からの相談に対して、保育園や学校の送迎時間、仕事のシフトなども踏まえたうえで、より現実的な返済プランを提案するよう心がけるようになった。
「"頭金がないから無理だろう"と、相談する前から諦めてしまう方が本当に多いんです」と、対応にあたったスタッフは語る。「でも、まず話を聞かせてもらえれば、一緒に考えられることはたくさんあります。山口さんのケースは、そのことを私たち自身が改めて教えてもらった出来事でした」。
草津市に住む山口のもとには、その後も季節ごとの点検案内が届く。娘の成長とともに、次の車への乗り換え時期についても、気軽に相談できる関係が続いている。一度きりの取引で終わらない、長く続く付き合い方もまた、この店が大切にしてきたものの一つだった。
第9章 外国から来た青年
ある日、店に一人の青年が訪れた。名前はグエン。ベトナムから技能実習生として来日し、東近江市の工場で働いているという。日本語はまだ片言で、スマートフォンの翻訳アプリを片手に、ゆっくりと自分の希望を伝えようとしていた。
「くるま……ほしい……でも、しんぱい……」
グエンの言葉は途切れ途切れだったが、その表情から、切実な思いは十分に伝わってきた。工場までの通勤に時間がかかり、休みの日には少し遠くのスーパーやベトナム食材店にも行きたい。しかし、外国人であることで、ローンの審査が通るのかどうか、大きな不安を抱えていた。
野中は、翻訳アプリを使いながら、一つひとつゆっくりと言葉を交わしていった。在留資格の種類、勤務先、勤続年数、収入。日本人のお客様に対する時と同じように、まずは状況を丁寧に確認する。文化の違いや制度の違いはあっても、「困っている人の力になりたい」という気持ちに国境はないと、野中は考えていた。
「日本語、まだ、じょうずじゃなくて……すみません」
グエンが申し訳なさそうに言うと、野中は首を横に振った。
「大丈夫です。私たちも、少しずつ分かりやすい言葉を選びますから。焦らず、一緒に進めましょう」
スタッフの中には、外国人のお客様への対応に不慣れな者もいた。しかし、翻訳アプリの画面を一緒に覗き込みながら、身振り手振りも交えて、必要な書類や手続きについて説明を重ねていった。時には、簡単な図を描いて説明することもあった。
グエンの勤務先の工場長に確認を取り、雇用状況や収入の安定性を確かめたうえで、店として無理のない返済計画を組み立てていった。手続きには、日本人のお客様よりも時間がかかった。しかし、野中もスタッフも、それを面倒だとは感じなかった。
「言葉が違っても、"家族に会いに行きたい""生活を便利にしたい"という思いは、みんな同じなんですよね」
対応にあたったスタッフの一人は、そう振り返る。
数週間後、グエンのもとに一台の車が届いた。納車の日、グエンは何度も「ありがとうございます」と繰り返し、たどたどしい日本語で深く頭を下げた。
「これで、しごとも、らくになります。やすみのひも、いろいろ、いけます」
グエンの明るい笑顔を見送りながら、野中は改めて思った。守山という小さな町から始まったこの店に、国籍や言葉の壁を越えて、人がやってくる。それは、店が大切にしてきた「一人ひとりに向き合う」という姿勢が、確かに形になっている証だった。
グエンの車は、その後、東近江市の道を走り、休日には湖南市や甲賀市の友人たちのもとへも足を延ばしているという。一台の車が、一人の青年の日本での生活を、少しずつ豊かにしていた。
このグエンとの出会いをきっかけに、店では外国人のお客様への対応についても、少しずつ工夫を重ねるようになった。簡単な日本語で書かれた説明資料を用意したり、必要な書類の一覧を分かりやすく整理したりと、言葉の壁がある方でも安心して相談できる体制を整えていった。
「東近江市や甲賀市の工場には、多くの技能実習生の方が働いています。地域に根ざした店として、そうした方々の力にもなれたらと思っています」
野中はそう語る。国籍や言葉の違いを理由に対応を諦めるのではなく、できる工夫を一つずつ重ねていく。それもまた、「一人ひとりに向き合う」という店の理念を、実際の行動として示す取り組みだった。
グエンはその後、同じ職場の後輩たちにも店を紹介してくれるようになった。「みんな、車がほしいけど、どうすればいいか分からなくて困っている」というグエンの言葉をきっかけに、店には少しずつ、外国人のお客様からの相談も増えていった。
第10章 買うだけじゃない、手放す日も寄り添う
車との付き合いは、購入した日で終わるわけではない。むしろ、手放す日にこそ、その人の人生の節目が表れることがある。
大津市に住む高齢の男性、井上が店を訪れたのは、長年乗り続けてきた愛車を手放すためだった。井上は数か月前に軽い事故を起こし、家族から「そろそろ運転をやめてはどうか」と勧められていた。
「長年乗ってきた車です。手放すのは、正直つらいですよ」
井上はそう言いながら、車のキーをそっとカウンターに置いた。買取を担当するスタッフは、車の状態を一つひとつ確認しながら、井上の話にも耳を傾けた。
「この車で、娘の結婚式にも行きましたし、孫が生まれたときも、この車で病院に迎えに行きました」
井上が語る一つひとつのエピソードに、スタッフは相づちを打ちながら丁寧に耳を傾けた。買取というのは、単に車の査定額を提示するだけの作業ではない。長年連れ添った相棒との別れに立ち会うことでもある。
「できる限り、良い形で送り出したいと思っています」
担当スタッフはそう言って、車の状態を丁寧に査定し、納得のいく金額を提示した。井上は査定額に静かにうなずき、「ありがとう。この車も、次の誰かの役に立ってくれるといいね」と言葉を残した。
別のケースでは、東近江市に住む家族が、転勤を機に車を手放すために来店したこともあった。「急に決まった転勤で、次の勤務地では車が不要になるんです」という相談に対し、スタッフは買取の手続きだけでなく、転居に伴う必要な書類の案内なども含めて、できる限りサポートした。
また、甲賀市に住むある女性は、親の介護のために実家に戻ることになり、それまで乗っていた車を手放しにきた。「実家では両親の車を使うことになったので」と話すその表情には、生活の大きな変化への戸惑いも見え隠れしていた。買取担当のスタッフは、査定の説明だけでなく、「新しい生活、大変だと思いますが、何かあればまたいつでもいらしてください」と声をかけた。
「うちは"高く買い取る"ことだけを目指しているわけではありません。お客様の人生の節目に、少しでも寄り添えたらと思っています」
買取を担当するスタッフの一人はそう語る。事故、転勤、介護——車を手放す理由は人それぞれだ。しかしどの理由にも、その人なりの事情と気持ちがある。それを置き去りにせず、丁寧に向き合うこと。それもまた、地域密着を掲げる店としての、大切な役割の一つだった。
別れの日にも「ありがとう」と言ってもらえる店。それは、車を売る瞬間だけでなく、手放す瞬間にも真摯に向き合ってきたからこそ築けた、静かな信頼の証だった。
買取を担当するスタッフは、査定額の提示だけでなく、その後の手続きについても丁寧に説明することを心がけている。名義変更や必要書類、還付される可能性のある税金の手続きなど、初めての人には分かりにくい部分も多い。「せっかく大切な車を手放していただくのだから、最後まで気持ちよく手続きを終えていただきたいんです」と、あるスタッフは語る。
井上のケースでは、査定と買取の手続きが終わったあとも、家族から「あれから父も、無理に運転しようとすることがなくなり、安心しています」という声が店に届いた。井上自身も、その後、免許の返納手続きについて相談するために、再び店を訪れたという。
「うちは、車を売って終わり、買い取って終わり、という店ではありたくないんです。守山や大津、東近江や甲賀といった地域で暮らす方々の生活に、長く寄り添っていける存在でありたいと思っています」
野中の言葉には、単なる商売としての中古車販売を超えた、地域への静かな思いが込められていた。
第11章 夜遅くまで灯るショールーム
カーマッチ滋賀守山店は、完全予約制を採用している。ふらりと立ち寄って車を眺めるだけの来店ではなく、事前に予約をしたうえで、じっくりと時間をかけて相談できる仕組みだ。
この仕組みが特に力を発揮するのは、平日の夜だった。
湖南市で働く会社員の吉田は、平日の日中はどうしても仕事が抜けられず、これまで何度も「中古車販売店に行きたいけれど、時間が取れない」と諦めかけていた一人だった。
「夜8時からでも大丈夫ですか?」
吉田からの問い合わせに、野中は迷わず「もちろんです」と答えた。完全予約制だからこそ、営業時間の枠にとらわれず、お客様の生活リズムに合わせた対応ができる。
その日の夜、子どもを寝かしつけたあとに来店した吉田は、開口一番、こう言った。
「こんな時間に対応してもらえるなんて、思っていませんでした。休みの日にしか動けないと思っていたので」
ショールームの照明は、夜になっても明るく灯っている。日中とは違う静けさの中で、吉田は野中とじっくり時間をかけて希望条件を伝え、予算やローンについても納得がいくまで質問を重ねた。
「夜遅くまで開けているのは、営業時間を長くしたいからではないんです。お客様一人ひとりの生活に、店の時間を合わせたいからなんです」
野中はそう説明する。日中働く会社員、小さな子どもがいる家庭、介護をしながら生活する人——それぞれの事情に合わせて、平日の夜や、時には早朝に近い時間帯に予約が入ることもある。
栗東市に住む共働きの夫婦は、二人そろって相談に来られる時間が平日の夜しかないと話していた。「土日は子どもの習い事の送り迎えで、二人そろって動ける時間がなかなか取れなくて」。完全予約制だからこそ、二人の都合を優先したスケジュールを組むことができた。
「営業時間ではなく、人生に合わせる店でありたい」
これも、野中が開店当初から掲げてきた理念の一つだった。決められた営業時間の中にお客様を当てはめるのではなく、お客様それぞれの生活リズムに、店の時間を合わせていく。
もちろん、夜遅くまで対応することは、スタッフにとって決して楽なことではない。それでも、「この時間だからこそ会えたお客様がいる」という実感が、スタッフのモチベーションを支えていた。
守山の国道沿い、夜になっても明るく灯り続けるショールームの光は、日中は忙しくてなかなか相談に来られない人たちにとって、静かな道しるべのような存在になっていった。
完全予約制には、もう一つの利点がある。予約制だからこそ、一組のお客様にじっくりと時間をかけて向き合うことができるのだ。次々と来店するお客様をさばくような接客ではなく、一組一組のペースに合わせて、疑問や不安が解消されるまで丁寧に説明を重ねる。時には、商談が二時間近くに及ぶこともあるという。
「他の店では、"次のお客様もいらっしゃるので"と、途中で話を切り上げられたことがありました。でも、ここでは最後までじっくり話を聞いてもらえました」
甲賀市から訪れたあるお客様は、そう振り返る。予約制ゆえに、他のお客様の視線を気にすることなく、ローンのことや過去の事情について、落ち着いて相談できることも、多くのお客様から評価されているポイントだった。
夜遅くまで灯り続けるショールームは、単なる営業時間の延長ではない。そこには、「相談したくても、なかなか時間が取れない」という、多くの人が抱える見えない悩みに寄り添おうとする、店の姿勢そのものが表れていた。
第12章 失敗も、迷いも、それでも前へ
ここまで語ってきた物語には、たくさんの笑顔があった。しかし、店の歩みが常に順風満帆だったわけではない。
開店から一年ほど経ったころ、店はいくつかの困難に直面していた。ある納車後、車両にごく小さな不具合が見つかり、お客様から厳しい指摘を受けたことがあった。整備の段階では見抜けなかった部分で、担当した整備士は深く落ち込んだ。
「あれだけ気をつけていたつもりだったのに」
その整備士は、しばらく自分の仕事に自信が持てなくなったという。野中は彼を責めることはしなかった。しかし、同じことを二度と繰り返さないために、点検項目を改めて見直し、チェック体制を強化することを店全体で話し合った。
資金繰りの面でも、決して楽ではない時期があった。全国オークションで良い車両を仕入れるためには、まとまった資金が必要になる。しかし、開店したばかりの店にとって、それは簡単なことではなかった。ある月は、仕入れを優先するか、広告費を抑えるか、スタッフの間で何度も議論を重ねた夜もあった。
「このままで、本当にやっていけるんだろうか」
野中自身も、そう自問する夜があったことを認めている。理念だけでは経営は続かない。しかし、田村一家や山口、グエンといった、これまで出会ってきたお客様たちの笑顔を思い出すたびに、「ここでやめるわけにはいかない」という気持ちが野中を支えた。
クレーム対応に追われた日、スタッフの一人がこう漏らしたことがあった。
「正直、心が折れそうです」
野中はそのスタッフに、こう伝えたという。
「今日のクレームは、次のお客様を笑顔にするためのヒントだと思おう。同じ失敗を繰り返さなければ、それは無駄じゃない」
大きな言葉ではなかったが、その一言が、その場にいたスタッフたちの気持ちを少しずつ立て直していった。
もちろん、すべての問題がすぐに解決したわけではない。時間をかけて一つずつ改善を重ね、失敗を糧に変えていく地道な作業の連続だった。整備のチェック体制は何度も見直され、仕入れの判断基準もより厳しくなった。スタッフ同士のミーティングでは、成功事例だけでなく、うまくいかなかったケースも包み隠さず共有するようになった。
「失敗を隠す店ではなく、失敗から学ぶ店でありたい」
野中はそう考えるようになっていた。完璧な店など存在しない。それでも、一つひとつの失敗と真摯に向き合い、次のお客様のためにより良い形へと変えていく。その積み重ねこそが、店を少しずつ強く、信頼される存在へと育てていった。
迷いや落ち込みがなかったわけではない。それでも店は、一歩ずつ前へ進み続けていた。
野中は、この時期のことを振り返り、こう語っている。「順調なときほど、"このままでいいのか"と自分を疑うことも大事だと思うんです。逆に、うまくいかないときは、"何を変えれば良くなるのか"を具体的に考える。その繰り返しでしか、店は成長できないと思っています」。
資金繰りが厳しかった時期、あるスタッフが「広告費を削って、その分をお客様対応の質に回してはどうか」と提案したことがあった。派手な宣伝よりも、来店してくれた一人ひとりへの対応を丁寧にすることの方が、長い目で見れば店のためになるのではないか、という考えだった。野中はこの提案を受け入れ、実際に広告予算の一部を、スタッフの研修や整備体制の強化に充てるようになった。
結果として、この判断は間違っていなかった。派手さはなくとも、一人ひとりへの対応の質を高めたことが、口コミによる紹介の増加という形で、じわじわと店を支えるようになっていったからだ。
失敗や迷いは、店の歴史から消し去るべきものではなく、むしろ、店がどのように成長してきたかを物語る、大切な一部だと野中は考えている。
第13章 地域に愛される店へ
開店から二年ほどが過ぎるころには、店を取り巻く空気は、明らかに変わっていた。
インターネットの地図アプリで「中古車販売店」と検索すると、以前は見つけることさえ難しかった店が、少しずつ上位に表示されるようになっていた。Googleのレビュー欄には、実際に来店したお客様からの声が一つ、また一つと積み重なっていった。
「頭金なしから相談できて、本当に助かりました」 「他の店で断られて落ち込んでいましたが、ここで信用回復ローンについて丁寧に説明してもらい、諦めずに済みました」 「夜遅くまで対応してくれて、共働きの我が家にはありがたかったです」
一つひとつのレビューは、決して派手な言葉ではない。しかし、そこには実際に店を利用した人たちの、リアルな安堵と感謝の気持ちが詰まっていた。
守山市を拠点にしながら、店を訪れるお客様の居住地は少しずつ広がっていった。草津市、栗東市、大津市、湖南市、甲賀市、東近江市、そして長浜市。県内各地から、口コミやインターネットの検索を通じて、店の存在を知った人たちが訪れるようになっていた。
地域とのつながりも、少しずつ深まっていった。地元の商店会が主催するイベントに協賛したり、近隣の企業と交流会を持ったりする機会も増えていった。ある年の秋には、守山市内で開催された地域イベントに、店としてブースを出したこともあった。子ども向けのミニカー配布や、簡単な車の点検相談コーナーを設けると、多くの家族連れが足を止めてくれた。
「車を売る店というより、何でも気軽に相談できる場所、という感じで見てもらえるようになった気がします」
野中はそう振り返る。ローンの相談だけでなく、「そろそろ車検の時期なんですが」「子どもが生まれるので、もう少し大きい車に乗り換えたいんです」といった、ちょっとした相談で立ち寄る人も増えていった。
車屋という枠を超えて、地域の人たちにとっての小さな相談所のような存在になっていく——それは、野中が開店当初から思い描いていた姿そのものだった。
スタッフの一人は、こう語る。「最初のころは、"守山にこんな店があります"と知ってもらうことすら大変でした。でも今は、"あの店なら安心して相談できる"と、地域の方から自然に名前を挙げてもらえるようになりました。それが本当に嬉しいです」。
一台の車を届けるという仕事の積み重ねが、いつしか、地域そのものとの信頼関係を育んでいた。守山という小さな町から始まった物語は、こうして少しずつ、しかし確かに、県内の広い地域へと笑顔の輪を広げていった。
地域の企業との交流も、店にとって思わぬ広がりを生んでいた。ある製造業の会社では、従業員の福利厚生の一環として、店を紹介してくれるようになった。「うちの従業員にも、車のローンで悩んでいる人が少なくないんです。一度、話を聞いてあげてもらえませんか」という担当者からの相談をきっかけに、企業単位での連携も少しずつ広がっていった。
湖南市や甲賀市の工業団地で働く人たちからの相談も増え、通勤時間や勤務形態に合わせた柔軟な対応が求められるようになった。夜勤明けに立ち寄る人、昼休みの短い時間を使って電話で相談する人——それぞれの働き方に合わせて、店の対応も少しずつ幅を広げていった。
「地域に育ててもらった店だと思っています」
野中は、そう繰り返し語る。守山という一つの町から始まった小さな挑戦が、地域の人々との関わりの中で、少しずつ形を変えながら成長してきた。その歩みは、これからも続いていく。
第14章 人生は何度でもやり直せる
店が地域に根付いていく中で、野中は改めて、これまで出会ってきたお客様たちのことを思い返す機会が増えていった。
過去にローンの支払いで苦しんだ経験を持つ人。一度は事業に失敗し、生活を立て直している最中だった人。信用情報に不安を抱え、何店舗も断られたのちにたどり着いた人。そうしたお客様たちと、この店は数え切れないほど向き合ってきた。
ある日、長浜市に住むという男性が店を訪れた。数年前、ある事情で支払いが遅れた時期があり、それ以来「もう自分はまともにローンを組めないだろう」と半ば諦めていたという。
「他の店では、話を聞く前から難しい顔をされることが多くて。でも、ここは違いました」
野中とスタッフは、いつものように、その人の現在の状況にじっくりと耳を傾けた。過去の事情がどうであれ、今どのように生活を立て直そうとしているのか。そこにこそ目を向けることが、店の一貫した姿勢だった。信用回復ローンという選択肢を丁寧に説明し、無理のない返済計画を一緒に組み立てていく。
「正直、"自分のような人間には無理だ"と思っていました。でも、"一緒に考えましょう"と言ってもらえて、少し救われた気がしました」
男性はそう言って、静かに頭を下げた。
こうした出会いは、一件だけではなかった。開店から数年の間に、何十人ものお客様が、それぞれの事情を抱えて店を訪れ、そして新しい一歩を踏み出していった。
ある日、以前ローンを組んだお客様の一人が、久しぶりに店を訪れた。今度は、次の車への乗り換え相談のためだった。
「あのとき、ここで車を買えたことが、本当に人生の転機になったんです。あれから仕事も安定して、去年、結婚もしました」
その報告を聞いた野中は、胸が熱くなるのを感じた。「車を買えた」という出来事の先に、その人の人生そのものが、少しずつ良い方向へと動いていく。そんな瞬間に立ち会えることこそ、この仕事の何よりの意味だと感じていた。
野中は、あるスタッフミーティングでこう語ったという。
「私たちが提供しているのは、車そのものだけじゃないと思うんです。"もう一度、生活を立て直せるかもしれない"という、小さなきっかけを提供している。そう考えると、この仕事には本当に大きな意味があると思います」
過去にどんな事情があったとしても、今ここから、人生はやり直せる。そのことを、店に集まる一人ひとりの物語が、静かに証明し続けていた。
「この店を作って、本当に良かった」
野中はそう、心の中で何度も繰り返していた。
こうした一つひとつの出会いを、店では大切な財産として社内で共有するようにしている。個人が特定されない形で、どのような相談があり、どのように解決へと導いたのかを、スタッフ全員でミーティングの場で振り返る。それは単なる成功事例の共有ではなく、「困っている人に、どう向き合うべきか」を、店全体で学び続けるための時間でもあった。
新しく入社したスタッフの一人は、こうした事例に触れるたびに、店の理念をより深く理解していったという。「最初は、"審査に不安のあるお客様にどう対応すればいいのか"、正直分かりませんでした。でも、先輩たちが積み重ねてきた事例を聞くうちに、"できない理由を探すより、できる方法を探す"という姿勢が、少しずつ自分の中にも根付いていきました」。
過去にどんな事情があったとしても、今ここから、人生はやり直せる。長浜市や東近江市、湖南市や甲賀市——県内のどの地域から訪れる人にとっても、その思いは変わらない。店に集まる一人ひとりの物語が、そのことを静かに証明し続けていた。
第15章 明日へ続く道
オープンから数年が経った。守山の国道沿いに小さく建っていたショールームは、今では地域の中で確かな存在感を持つ場所になっていた。
店には、これまで出会ってきた数えきれないお客様たちの記憶が積み重なっている。
初めての自分名義の車を手にして涙を流した田村。頭金なしから相談し、娘と一緒に新しい生活を歩み始めた山口。言葉の壁を越えて笑顔で納車を迎えたグエン。長年の相棒を手放し、新たな生活へ踏み出した井上。過去の事情を乗り越え、人生をやり直すきっかけをつかんだ多くの人たち。
その中には、親になったお客様もいれば、仕事で昇進を果たしたお客様もいる。新しい家族が増え、より大きな車への乗り換えに訪れるお客様もいる。守山市、草津市、栗東市、大津市、湖南市、甲賀市、東近江市、長浜市——県内の様々な地域から、様々な事情を抱えた人たちが、この店の扉を開けてきた。
野中は、時々店の外に出て、ショールームの看板を見上げることがある。開店当初、誰にも知られていなかったこの店が、今では「困ったときに思い出してもらえる場所」になっている。それは、決して簡単な道のりではなかった。しかし、一人ひとりのお客様と真剣に向き合い続けてきた結果、少しずつ、しかし確実に築き上げてきたものだった。
ある日の午後、店のドアがゆっくりと開いた。
入ってきたのは、不安そうな表情を浮かべた一人の女性だった。何度もローンの審査に落ち、疲れた様子を隠しきれずにいる。それは、かつての田村や山口の姿と、どこか重なって見えた。
野中は、いつものように、変わらぬ笑顔で声をかけた。
「こんにちは。今日はどんなことでお困りですか?」
その一言から、また新しい物語が始まろうとしていた。
自社ローン、信用回復ローン、頭金なしからの相談、全国オークションを活かした車両探し、そして完全予約制だからこそできる、一人ひとりの生活に寄り添う接客——。カーマッチ滋賀守山店がこれまで積み重ねてきたものは、決して特別な魔法ではない。「無理です」で終わらせず、「どうすれば一緒に前へ進めるか」を考え続けるという、地道でまっすぐな姿勢の積み重ねだった。
守山から始まったこの物語は、これからも終わることはない。草津、栗東、大津、湖南、甲賀、東近江、長浜——県内各地から訪れる一人ひとりの人生とともに、店の物語は、これからも静かに、しかし確かに続いていく。
明日へ続く道は、まだ、ここから始まったばかりだ。
振り返れば、開店したばかりのあの日、誰もいないショールームで一人、椅子を並べ直していた野中の姿があった。あのとき描いていた「車を売る店ではなく、人の人生を前へ進める店を作りたい」という思いは、田村一家の涙、山口と娘の笑顔、グエンのたどたどしい「ありがとう」、井上が語った長年の思い出、そして名前も語られなかった何十人ものお客様との出会いを経て、少しずつ、しかし確かな形を持つようになっていった。
野中は今も、開店前に書いたあの言葉を、時折読み返すという。「オートローンで断られた方へ、次の選択肢を。信用回復ローンという道があることを、知ってほしい。頭金がなくても、まず相談できる場所でありたい。自社ローンだからこそ、その人に合わせた返済計画を一緒に考えられる」。
これらは、契約を取るための言葉ではなく、これまで出会ってきた一人ひとりの顔を思い浮かべながら書いた、店としての約束だった。そしてその約束は、開店から数年が経った今も、一つとして色褪せていない。
守山市を拠点に、草津市、栗東市、大津市、湖南市、甲賀市、東近江市、長浜市——滋賀県内の様々な地域から、今日もまた誰かがこの店の扉を開ける。全国オークションのネットワークを活かした車両探し、整備士たちが守る納車前の安心、頭金なしからでも相談できる自社ローンや信用回復ローンの仕組み、そして完全予約制だからこそ実現できる、一人ひとりの生活に寄り添った時間。
それらすべてが積み重なって、この店の"今"を形づくっている。しかしそれ以上に大切なのは、野中とスタッフたちが変わらず持ち続けている、たった一つの姿勢だ。
「"無理です"で終わらせない。目の前の一人と、最後まで一緒に考える」
その姿勢がある限り、この店の物語は、これからも終わることなく続いていく。守山から始まった小さな挑戦は、こうして今日も、誰かの明日へと続く道を静かに照らし続けている。
カーマッチ滋賀守山店 滋賀県守山市を拠点に、草津市・栗東市・大津市・湖南市・甲賀市・東近江市・長浜市など県内各地からのご相談に対応。自社ローン・信用回復ローンの相談、頭金なしからのお車探し、全国オークションを活用した豊富な車両ラインナップ、完全予約制によるじっくり相談できる接客まで、一人ひとりの状況に合わせたご提案をいたします。

