『四本のタイヤが運ぶ未来――カーマッチ滋賀守山店、再出発を支える物語』
2026/07/13
第1章 半分開いたシャッター
閉ざされた選択肢と、動き出せない日常
滋賀県守山市の冬の朝は、琵琶湖から吹き付ける冷たい風「比良おろし」が街全体を容赦なく包み込む。比叡の山々が薄すらと雪化粧をまとう季節、木村大輔(38歳)は、スマートフォンの画面を凝視したまま、凍るような吐息とともに深いため息をついた。スマートフォンの画面に表示されているのは、これで4社目となる大手自動車ローンの審査落ちを告げる機械的な定型文だった。
「誠に遺憾ながら、今回はご希望に添えない結果となりました。今後の益々のご健勝をお祈り申し上げます――」
画面をスクロールする指が、冷たさとは違う理由で震えていた。「やっぱり、ダメか……」という言葉が、声にならない塊となって喉の奥に沈んでいく。
大輔が暮らす滋賀県守山市をはじめ、隣接する滋賀県栗東市、滋賀県草津市、そして滋賀県大津市といった湖南地域は、一見するとJR新快速が走り、交通網が発達しているように見える。しかし、それは京都や大阪へ通勤する限られた沿線住民の視点に過ぎない。駅から少し離れた閑静な住宅街や、琵琶湖沿いの地域、あるいは日々の生活圏の隅々まで視野を広げると、公共交通機関だけで生活を成り立たせるのは不可能に近い。この地域において、車は決して贅沢品や趣味の対象ではなく、家族の健康と生活を守るための完全なる「生活必需品」なのだ。
特に、現在の木村家にとっては、明日からの生存に関わる死活問題だった。妻の真由美(36歳)は、滋賀県草津市にある特別養護老人ホームで介護助手としてパートタイム勤務をしている。人手不足が慢性化している現場では、早朝5時半からの早番シフトや、夜22時を過ぎる遅番シフト、さらには深夜帯の勤務も頻繁に組み込まれる。守山市の自宅から草津市の職場まで、電車を乗り継いで通勤しようとすれば、始発を待っていては早番に間に合わず、終電を気にしながらでは遅番の引継ぎを全うできない。「車があれば、もっとシフトに入れるのに。夜勤も引き受けられたら、あと数万円は生活費を増やせるのに……」と、夜、疲れ果てて帰宅する真由美がポツリと漏らした言葉が、大輔の胸にトゲのように刺さっていた。
さらに、小学3年生になる長男の翼の問題もあった。翼は地元の少年サッカースクールに通い始めたばかりで、めきめきと頭角を現し、週末には遠征試合のメンバーに選ばれることも増えていた。しかし、試合会場は守山市内だけでなく、滋賀県長浜市の琵琶湖ドームや、滋賀県東近江市のグラウンド、時には山を越えた滋賀県甲賀市や滋賀県湖南市のスポーツ公園まで多岐にわたる。他の子供たちは、親が運転するミニバンやSUVに乗り込み、チームメイト同士で楽しそうに会場へ向かう。木村家には車がないため、真由美が近所の保護者に何度も頭を下げ、ガソリン代代わりに菓子折りを渡しては、翼を乗せてもらっている状態だった。「いつもすみません、本当に助かります」と頭を下げ続ける真由美の背中を見るたび、大輔は自分の不甲斐なさに爪がくい込むほど拳を握りしめるしかなかった。翼も、どこか遠慮しているのか、「次の遠征、無理していかなくてもいいよ」と親の顔色を窺うようなことを言う。子供にそんな気を遣わせてしまっている現状が、大輔には耐え難かった。
過去の呪縛と、深夜の検索窓
大輔自身は、決して怠け者でも、不真面目な人間でもない。現在は滋賀県大津市に本社を置く堅実な中堅建築会社に大工・職人として雇用されており、毎朝早くから現場に足を運んでいる。現場のリーダーからも「木村の腕は確かだし、仕事が丁寧だ」と信頼され、毎月の給与も手取りで安定して得られるようになっていた。しかし、彼の足元には、数年前に残した「深い傷」があった。
30代前半の頃、大輔は独立して小さな内装業の会社を経営していた。一時は順調だったものの、元請け会社の連鎖倒産に巻き込まれ、数千万円の売掛金が回収不能になった。必死に資金を繰り面したものの、最終的には不渡りを出して会社は倒産。自己破産こそ回避したものの、残った債務を整理し、現在は毎月一定額を返済し続ける「任意整理」の最中だった。
この「債務整理の履歴」こそが、個人信用情報機関(CICやJICCなど)に深く刻まれた、いわゆる「金融ブラック」という冷酷な烙印だった。
仕事帰りの電車の中、あるいは家族が寝静まった真夜中のリビングで、大輔はスマートフォンの検索窓に、何度も同じキーワードを打ち込んでは消していた。
「滋賀県守山市 信用回復ローン 頭金なし」
「滋賀県栗東市 自社ローン 審査絶対通る」
「滋賀県草津市 中古車販売店 金融ブラックOK」
「滋賀県大津市 中古車ローン 通りやすい」
画面に表示されるのは、怪しげな金融業者の広告や、「誰でも100%審査通過!」と謳いながらも、実際には法外な手数料や違法な金利を要求してくるケースを警告するブログ記事ばかりだった。「絶対に審査に通るローンなんて、この世には存在しない。過去に一度でも失敗した人間は、何年経っても、どれだけ今を真面目に生きていても、二度と社会の表舞台には戻れないのか……」
守山市、栗東市、草津市、大津市だけでなく、少し視野を広げて湖東や湖西、滋賀県長浜市や東近江市、甲賀市、湖南市までエリアを広げて中古車販売店のサイトを何百ページも読み漁った。しかし、どの店のホームページを開いても、最終的には「提携信販会社による厳正な審査があります」という一言で締めくくられていた。その「厳正な審査」の機械の前に通された瞬間、大輔の過去のデータは1秒ではじかれる。それを4回も繰り返した結果が、今朝の不採用通知だった。
暗いリビングで、キッチンから漏れるわずかな明かりを頼りに、大輔は頭を抱えた。明日も朝から大津市の新築現場での作業がある。朝早い。しかし、目が冴えて眠れない。自分の過去の過ちが、妻の働く権利を奪い、息子の夢を制限している。四本のタイヤがあれば、それだけで解決するはずの日常が、どうしても手に入らない。絶望が、夜の闇よりも深く大輔の心に広がっていった。
運命の出会い、ひとつの光
スマートフォンの画面が、大輔の疲れた顔を青白く照らす。時計の針は午前2時を回ろうとしていた。これで最後にしよう、と心に決めて、大輔は「滋賀 信用回復ローン 中古車」と検索した。
検索結果の数ページ目、見慣れないが、どこか温かみのあるデザインのホームページに目が留まった。
【カーマッチ滋賀守山店】
そのトップページに掲げられていた言葉は、これまで見てきたどの中古車店のものとも違っていた。
『私たちは、お客様の「過去」ではなく、現在の頑張りと、これからの「未来」を審査します。』
『他店でオートローンを断られた方、債務整理中の方、自己破産経験のある方も諦めないでください。あなたの街のカーマッチ滋賀守山店が、再出発を全力で応援します。』
大輔は、ゴクリと唾を飲み込んだ。「よくある誇大広告じゃないのか?」と、警戒心が先に立つ。過去の苦い経験が、彼を猜疑心の塊にしていた。しかし、サイトを読み進めるうちに、その疑念は少しずつ薄れていった。そこには、なぜ他店で断られた人でもローンが組めるのか、その仕組みが嘘偽りなく、非常に論理的に解説されていたのだ。
「信用回復ローン」という言葉が目に入った。それは単にお金を貸して車を売るだけでなく、独自の提携審査機関を用いることで、現在安定した収入がある人に対して柔軟な融資を行い、さらに毎月遅れずに返済することで「個人信用情報をクリーンな状態へ回復させていく」ための特別なプログラムであると書かれていた。「頭金なし」での購入事例や、月々の支払額を家計に合わせて設定した地元・滋賀の顧客たちのリアルな体験談が、顔写真付きで多数掲載されていた。
「守山市内のお客様はもちろん、栗東市、草津市、大津市からも多数のご来店をいただいています。長浜市、東近江市、甲賀市、湖南市など、遠方のお客様も諦めずにご相談ください。お電話やLINEでの事前相談も承ります」
大輔の住む守山市大門町にある店舗だった。普段、現場へ向かう途中に通りかかるルートのすぐ近くに位置している。「カーマッチ滋賀守山店……こんな店が、こんな近くにあったのか」
大輔は、眠っている真由美を起こさないよう、静かにベッドへ潜り込んだ。胸の鼓動が少しだけ速くなっていた。明日、仕事が終わったら、真由美にこのサイトを見せてみよう。それが最後の賭けになるかもしれない、そう思いながら、大輔は数ヶ月ぶりに、少しだけ穏やかな眠りにつくことができた。
週末、土曜日の朝。大輔は意を決して真由美にカーマッチのホームページを見せた。真由美はスマートフォンの画面をじっと見つめ、それから大輔の顔を見た。その目には、不安と、それ以上の期待が入り混じっていた。
「大輔さん……ここ、本当にお話聞いてくれるかな?また、名前書いただけでダメですって言われたら、ちょっとショックだけど……でも、守山にあるなら、一度だけ行ってみようよ。翼のためにも、私の仕事のためにも、このまま何もしないわけにはいかないもんね」
真由美の言葉に背中を押され、大輔はカーマッチ滋賀守山店へ連絡を入れ、その日の午前中に訪問する約束を取り付けた。車がないため、守山駅からのバスを降り、冬の冷たい風に吹かれながら、家族3人で歩いて店舗へと向かった。
半分開いたシャッターの意味
午前10時丁度。木村一家が到着したカーマッチ滋賀守山店の敷地には、驚くほど綺麗に磨き上げられたミニバンやコンパクトカー、軽自動車が整然と並べられていた。どの中車も、一見して大切に管理されていることが伝わってくる。しかし、大輔の足を止めさせたのは、店舗の奥にある整備工場のシャッターだった。
そのシャッターは、なぜか上まで上がりきっておらず、ちょうど大人の胸の高さあたりで「半分だけ開いた状態」で止まっていた。
大輔の心に、再び防衛本能的な不安がよぎる。「本当に営業しているのだろうか?」「やっぱり、怪しい店なんじゃないか?」
他店で何度も門前払いされ、人格まで否定されたような気持ちになってきた大輔にとって、店舗の些細な違和感さえも、自分たちを拒絶しているサインのように思えてしまうのだ。帰ろうか、と真由美の顔を見つめたその時、半分開いたシャッターの向こう側から、カチャンという工具の心地よい音が響き、一人の男性が屈んで外へと出てきた。
その男性は、ネイビーの作業服に身を包み、手にはスパナを持っていた。額にはうっすらと汗がにじんでおり、どうやら先ほどまで車の足回りを熱心に整備していたようだった。男性は大輔たち家族の姿に気づくと、すぐにスパナを側に置き、顔いっぱいに爽やかな、そして心からの笑みを浮かべてこちらへ歩いてきた。
「いらっしゃいませ!木村様ですね!カーマッチ滋賀守山店へようこそお越しくださいました!」
そのハキハキとした、濁りのない声が大輔の耳に届いた瞬間、周囲を包んでいた凍てつくような緊張感が、嘘のようにふっと和らいだ。
「あ、はい、木村です。お電話で予約させていただいた……」
大輔が恐縮しながら言うと、その男性――店長の高橋――は、汚れた作業手袋を素早く脱いで、大輔の手を両手で包み込むようにして握手を交わした。
「お寒い中、駅から歩いて来てくださったんですね。ありがとうございます!そちらのお坊ちゃんが翼くんですね、寒い中よく頑張って歩いたね!さあ、中は暖房が効いていますから、どうぞお入りください。お荷物、お預かりしますよ」
高橋店長は、大輔たちが抱えていた目に見えない「心の防壁」を、その圧倒的なホールド感のある優しさで一瞬にして溶かしてしまった。
店内に一歩足を踏み入れると、そこは外の寒さが嘘のような、温かい空間が広がっていた。石油ストーブの上でヤカンがシュンシュンと音を立てており、挽きたてのコーヒーの芳醇な香りが漂っている。壁には、滋賀県守山市、栗東市、草津市、大津市といった地元だけでなく、長浜市や東近江市、遠くは甲賀市や湖南市から訪れた顧客たちが、満面の笑みで新しい愛車の前で撮影した納車写真が、何十枚、何百枚と所狭しと飾られていた。どの写真の家族も、まるで宝くじにでも当たったかのような、心の底からの笑顔を浮かべている。
大輔はその写真の一枚一枚を、食い入るように見つめた。
「この人たちも、俺たちと同じように、悩んで、苦しんで、ここに辿り着いたのだろうか」
半分開いたシャッターは、決して彼らを拒絶するものではなかった。むしろ、今まさに、困っている誰かのために車を命がけで整備している、プロフェッショナルの現場そのものの証だったのだ。高橋店長が淹れてくれた温かい緑茶をすすりながら、大輔は深く息を吐き出した。いよいよ、自分の人生をかけた「過去の告白」が始まろうとしていた。
第2章 過去ではなく、今を見る店
差し出された書類と、隠せない過去
「木村さん、まずは遠いところわざわざお越しいただき、本当にありがとうございます」
カーマッチ滋賀守山店の商談スペースで、高橋店長はデスクを挟んで大輔と真由美に向かい合い、静かに頭を下げた。手元には、一枚のシンプルな白い用紙が置かれている。それは、一般的な中古車販売店やディーラーで最初に入力を求められる「顧客情報ヒアリングシート」だった。
大輔はデスクの上のペンを見つめた。そのペンが、まるで何十キロもある鉄の棒のように重く感じられる。氏名、住所、年齢50歳――いや、38歳。現在の勤務先は大津市の建築会社。そこまではいい。しかし、その先にある「他社借入状況」や「過去の債務整理の有無」という見えない項目が、大輔の心を激しく揺さぶる。
大輔はペンを持ったまま、顔を上げ、高橋店長の目を真っ直ぐに見つめた。これ以上、自分を偽ることも、期待を持たせて後で落とされるのも嫌だった。
「高橋店長、書類を書く前に、最初にお伝えしなければならない、私の『過去』があります」
大輔の声は低く、わずかに震えていた。
「私は数年前、自分で経営していた内装業の会社を倒産させてしまいました。自己破産はしていませんが、多額の残債があり、現在は司法書士を通じて『任意整理』という形で、毎月返済を続けている最中です。つまり、私の個人信用情報は完全に『金融ブラック』です。滋賀県内の大手ディーラーはもちろん、草津市や栗東市の国道沿いにある大きな中古車店でも、名前と住所を書いた時点で、審査の機械に通すことすら断られました。『うちでは扱えません』と、まるで犯罪者でも見るような目で見られたこともあります。そんな私ですが……本当に、車を買う方法があるんでしょうか」
大輔は一気にまくしたてると、そのまま机に視線を落とした。隣に座る真由美は、大輔の悲痛な告白を聞きながら、夫のスーツの袖をきゅっと握りしめていた。キッズスペースでは、翼が楽しそうにアニメの絵本をめくっている。その無邪気な声だけが、店内に響いていた。
大輔は覚悟していた。「あぁ、任意整理中ですか、それならちょっと難しいですね」と言われるか、営業マンの目がすっと冷たくなる瞬間を。これまで何度も経験してきた、社会からの拒絶の儀式だ。
しかし、数秒の沈黙の後、聞こえてきたのは衣服が擦れる音だった。大輔が恐る恐る顔を上げると、高橋店長は席を立ち、大輔に向かって深々と、直角に頭を下げていた。
「木村さん……そこまで正直に、ご自身の苦しい過去をお話しいただき、本当に、本当にありがとうございます。どれほどの勇気が必要だったか、私には痛いほど分かります」
高橋店長は席に戻ると、その温かい眼差しで大輔を真っ直ぐに見つめ返した。
「木村さん、驚かれるかもしれませんが、当店には木村さんと同じように、あるいはそれ以上に深いお悩みを抱えたお客様が、毎日途切れることなくいらっしゃいます。守山市内の方はもちろん、栗東、草津、大津、そして長浜市や東近江市、甲賀市や湖南市といった滋賀県全域から、『もうどこに行ってもダメだった』と泣きそうな表情で来られるんです。私たちは、過去のデータや、書類に書かれた数字だけで人間を判断することは絶対にしません。大切なのは、過去に何があったかではなく、木村さんが『今、どう生きているか』です」
「今」の生活と、「これから」の計画
高橋店長は、大輔が記入したヒアリングシートを優しく手に取り、一文字一文字を確かめるように読み進めた。
「木村さん、大津市の建築会社でお仕事を始められて、もう丸3年になるんですね。職種は大工・職人さん。毎月のご給与も、総支給でこれだけきっちりいただいている」
「はい。会社が倒産した後は、本当にどん底でしたが、今の大津市の会社の社長が『お前の腕ならいくらでもやり直せる』と拾ってくれまして……。この3年間は、1日も仕事を休まず、現場の誰よりも早く入って、がむしゃらに働いてきました。その甲斐あって、今は現場の施工管理や後輩の指導も任せてもらえるようになり、給与も安定しています」
大輔が答えると、高橋店長は我がことのように嬉しそうに何度も頷いた。
「素晴らしいじゃないですか!激動の数年間を経て、3年間も1つの会社で真面目に職人としてのキャリアを積み直し、周囲の信頼を勝ち取ってきた。それは、木村さんがどれほど誠実で、どれほど強い責任感を持って今を生きているかの、何よりの証明ですよ。信販会社のコンピュータは、過去の『任意整理』という文字しか見ませんが、私は木村さんのこの『3年間の血の滲むような努力』を見ます。これこそが、私たちが最も重視する『信用』なんです」
高橋店長の説明は、大輔のこれまでの常識を覆すものだった。
通常の自動車ローン(信販会社)の審査は、スコアリング方式と呼ばれる機械審査だ。過去の信用情報機関(CICなど)に「異動」や「遅延」の文字が1つでもあると、その時点で点数がゼロになり、人間の目が触れる前にシステムによって自動的にハネられる。そこに、「なぜ倒産したのか」「今どれだけ真面目に働いているか」という個人の背景や現在の努力が加味される余地は、1ミリも存在しない。
「でも、カーマッチ滋賀守山店が扱うローンは違います」高橋店長は身を乗り出した。「私たちは、過去のデータで門前払いする信販会社ではなく、独自の審査基準を持つ特別な提携機関を使用します。そこでは、過去の傷があっても、『今、安定した収入があるか』『現在の家計から考えて、無理のない返済計画が立っているか』という、現在の状況を人間の目で審査してくれるんです。だからこそ、金融ブラックOKと言えますし、私たちは自信を持ってお客様を推薦できるんですよ」
信用は、これから創り出すもの
高橋店長は、デスクの引き出しから「家計バランス診断シート」という特別なワークシートを取り出した。
「木村さん、ここからは『審査に通るかどうか』の心配はいったん脇に置いておきましょう。それよりも大切なのは、車を買った後、木村さんご家族の生活が今よりも絶対に豊かで幸せになることです。そのために、毎月のリアルな収入と支出を、私と一緒に計算してみませんか?」
大輔は、高橋店長の指示に従って、現在の毎月の手取り収入、家賃、光熱費、食費、そして現在も続けている任意整理の返済額(月4万円)を正直に書き込んでいった。
「真由美さん、もし車が手に入ったら、草津市の介護施設でのお仕事はどう変わりますか?」高橋店長が尋ねる。
真由美は、待っていましたとばかりに声を弾ませた。
「はい!今は車がないので早朝や深夜のシフトに入れず、扶養の範囲ギリギリの月8万円程度に抑えています。でも、車があれば守山から草津まで15分で通勤できるようになります。施設長からも『木村さんが車通勤になって早番や夜勤に入ってくれたら、すぐにでも手当を出してシフトを増やせる』と言われているんです。そうなれば、私の収入だけで月に13万〜14万円、つまり今より5万円以上は確実に世帯収入を増やせます!」
「なるほど、それは大きいですね!」高橋店長は電卓を叩く。
「奥様の収入が5万円増える。一方で、お車を購入した際の毎月の支払いを、ガソリン代や保険料を含めても、その増収分の範囲内、例えば月々3万円台に抑えることができれば、家計全体の収支は、車を持つ前よりも【プラス】になりますよね。翼くんのサッカースクールの送迎にかかっていた精神的な負担や、近所の方への気遣いという目に見えないコストもゼロになります」
大輔は、高橋店長が弾き出した数字を見つめながら、目から鱗が落ちる思いだった。これまでの店では「お前の属性では20万しか借りられない」だの「頭金が50万なきゃ話にならない」だの、車を売る側の都合ばかりを押し付けられてきた。しかし、高橋店長は、木村家の家計の未来をデザインし、車を持つことでどれだけの経済的・精神的メリットが生まれるかを、ロジカルに証明してくれているのだ。
「木村さん、信用というのはね、過去に失ってしまったとしても、これからの行動でいくらでも『新しく創り出す』ことができるんです。過去を悔やむ必要はありません。今のご家族の頑張りがあれば、未来はいくらでも変えられます。さあ、このシートをもとに、木村さんに絶対に無理のない、そして確実に審査に通る購入方法を導き出しましょう!」
高橋店長の力強い言葉に、大輔は深く、深く頷いた。胸の中にあった重苦しい塊が、完全に消え去り、前を向く元気が溢れてくるのを感じていた。
第3章 三つの道
ローンの仕組みを知ることから始まる
「木村さん、家計のシミュレーションが完璧に出来上がりましたね」
高橋店長はそう言うと、商談スペースの後ろにある大きなホワイトボードに向き直り、黒のマーカーを手にした。「さて、ここからは、木村さんが実際に車を手に入れるための『具体的な手段』のお話です。中古車業界には様々な仕組みがありますが、私たちは、お客様にすべての仕組みを100%納得して選んでいただきたいと考えています。滋賀県内の中古車店の中には、内容を曖昧にしたまま無理な契約を結ばせるお店もありますが、当店は一切の不透明さを排除します」
高橋店長は、ホワイトボードに大きく三つの異なるルートを描いた。
- 信販系オートローン(一般的な自動車ローン)
- 信用回復ローン(提携型独自審査ローン)
- 自社ローン(販売店独自分割払い制度)
「これらが、木村さんの前に用意されている『三つの道』です。それぞれに、メリット、デメリット、そして現在の木村さんの状況における『通過可能性』が異なります。一つずつ解説していきますね」
大輔と真由美は、ホワイトボードの一文字一文字を食い入るように見つめた。キッズスペースの翼も、大人の真剣な雰囲気を察したのか、静かにミニカーを並べて遊んでいる。家族の再出発をかけた選択が、今ここで行われようとしていた。
第一の道、第二の道、そして第三の道
高橋店長は、まず一番左の「1. 信販系オートローン」をマーカーで指した。
「まず一つ目の道。これは、テレビCMなどでよく見る大手信販会社や、滋賀銀行などの地元の金融機関が提供する、いわゆる一般的な自動車ローンです。メリットは何と言っても、金利が年2%〜5%程度と非常に低いことです。しかし、デメリットであり最大の壁が『機械的な信用情報審査』です。冒頭でもお話しした通り、過去の債務整理情報(ブラックリスト)が個人信用情報機関に残っている期間は、現在の年収が1,000万円あろうが、上場企業に勤めていようが、システムが自動的に『お断り』を出します。木村さんが守山市や草津市、栗東市の他店で断られたのは、すべてこの第一の道を選ばざるを得なかったからです。つまり、現在の木村さんの通過可能性は【0%】です」
大輔は小さく溜息をついた。「やはり、そこは変わらないんですね」
「ええ、機械は感情を持ちませんからね。しかし、問題はここからです」高橋店長は、中央の「2. 信用回復ローン」を力強く囲んだ。
「二つ目の道、これが今回、木村さんに最も知っていただきたい『信用回復ローン』です。これは、当店が特別なパートナーシップを結んでいる、独自の審査基準を持つ新しいタイプの信販系ローンです。最大の特徴は、過去のブラックデータを参照しつつも、現在の『3年間の勤続実績』や『安定した収入』、そして当店の家計診断シートに基づく『無理のない返済計画』を最も評価してくれる点にあります。さらに、頭金なし(フルローン)での対応も可能です」
高橋店長は言葉を強めた。
「そして、このローンの最大のメリットは、名前にあります。なぜ『信用回復』と呼ぶのか。それは、このローンを組んで毎月遅れずに支払いを続けると、その良好な実績が個人信用情報機関(CICなど)に『すべて正常に入金されました』という最高ランクのデータとして毎月上書き記録されていくからです。つまり、車のローンを払い終わる頃には、木村さんの過去のブラック情報は完全に洗い流され、社会的な信用が元通りに『回復』しているんです。将来、クレジットカードを作ったり、他のローンを組んだりすることも堂々とできるようになります。現在の木村さんの通過可能性は、【85%以上】と非常に高いです」
「自分の信用が、元に戻る……」大輔はその言葉に、身体が震えるほどの衝撃を受けた。単に車を買うだけでなく、過去の過ちを帳消しにして、もう一度普通の社会人として認めてもらえるチャンスが、このローンにはあるのだ。
「そして三つ目の道が、右側の『自社ローン』です」高橋店長が説明を続ける。
「これは、信販会社を一切通さず、当店(カーマッチ滋賀守山店)と木村さんとの間で、直接分割払いの契約を結ぶ方法です。審査を行うのは100%私、高橋です。ですから、過去の情報は関係ありませんし、信用情報の書類審査すら不要です。私が『木村さんは信頼できる。毎月確実に払ってくれる』と判断すれば、その場で審査通過、即契約となります。通過可能性は【100%】と言っても過言ではありません。ただし、デメリットもあります。自社ローンの場合、信販会社を通さないため、どれだけ綺麗に完済しても、個人信用情報機関に実績が残らない、つまり『社会的な信用回復』には繋がりません。また、返済期間が24回〜36回など、比較的短期になることが多いため、毎月の支払額が少し高めになる傾向があります」
木村家に最適な「道」の選択
高橋店長はマーカーを置き、デスクに戻って木村夫妻の顔を交互に見つめた。
「三つの道の特徴をまとめると、このようになります」
| ローン種類 | 審査の主体 | 信用情報への影響 | メリット | デメリット | 木村さんの通過率 |
| ① 信販系オートローン | 大手信販会社 | 過去のブラックで即落選 | 金利が低い | 審査が非常に厳しい | 0%(通過不可) |
| ② 信用回復ローン | 独自審査提携機関 | 良好な支払実績が残り、信用回復 | 頭金なし可、将来の信用復活 | 一定の審査書類が必要 | 85%以上(大本命) |
| ③ 自社ローン | カーマッチ滋賀守山店 | 信用情報に一切影響しない | 過去不問、100%独自のスピード審査 | 返済期間が短い(月額高め) | 100%(バックアップ) |
「木村さん、奥様。私は、木村さんご家族のこれからの5年、10年の人生を考えたとき、大本命として『② 信用回復ローン』への挑戦を強くお勧めします」高橋店長は、温かくも確信に満ちた声で提案した。
「木村さんは大津市の会社で3年間、本当に真面目に働いてこられた。奥様も草津市での増収が確実に見込める。この『今のがんばり』があれば、信用回復ローンの審査機関は必ず首を縦に振ります。頭金なしでも、毎月の支払いを月々2万円台後半から3万円前後に抑えたプランが組めます。何より、車を完済した時に、木村さんが『俺は自分の力で社会的な信用を取り戻したんだ!』と、大津市や守山市の空の下で、大手を振って胸を張れるようになっていただきたい。それが、ご家族にとって最高の財産になると信じています。もし、万が一この信用回復ローンが難しかった場合でも、当店には『③ 自社ローン』という絶対的なバックアッププランがありますから、安心して挑戦してください!」
大輔は、隣に座る真由美の目を見た。真由美の目からは、静かに涙が溢れていた。それは悲しい涙ではなく、ようやく自分たちを人間として扱い、未来への正しい道筋を示してくれたことへの、深い安堵の涙だった。
大輔は、家計診断シートの上に自分の右手をしっかりと置いた。
「高橋店長……ありがとうございます。私のために、ここまで真剣に未来を考えてくれるお店に出会えるなんて、思ってもみませんでした。私は、自分の過去から逃げずに、もう一度社会的な信用を取り戻したいです。家族に、堂々とした父親の姿を見せたい。第二の道、『信用回復ローン』でお願いします!」
「よく言いました、木村さん!」高橋店長は大輔の肩を叩いた。「その決意、確かに受け止めました。では、審査を100%成功させるために、木村さんご家族に最高にフィットする『人生の相棒(お車)』を、これから一緒に探していきましょう!」
ホワイトボードに描かれた三つの道から、木村家が歩むべき、光り輝くリスタートの道が完全に定まった瞬間だった。
第4章 全国から探す人生の相棒
店頭在庫だけが中古車ではない
「さて、歩むべき『信用の道』が決まりました。次は、木村さんご家族のこれからの人生を一緒に走り続ける、最高の相棒を選ぶ時間です!」
高橋店長はそう言うと、商談スペースのデスクに置かれた大きなデスクトップパソコンのモニターを、大輔と真由美の正面へと向けた。キーボードを小気味よい音を立てて叩くと、画面には一般の消費者では決して見ることのできない、日本全国の中古車バイヤー専用の「オークションリアルタイム検索システム」のログイン画面が表示された。
大輔は、カーマッチ滋賀守山店の敷地内に並んでいる魅力的な車たちを窓越しに見つめながら、素朴な疑問を口にした。
「あの、高橋店長。中古車を買うときって、お店の展示場に並んでいる車の中から『これがいい、あれがいい』って選ぶものだと思い込んでいたのですが、違うのですか?」
高橋店長は、大輔の言葉に優しく微笑みながら首を振った。
「木村さん、おっしゃる通り、多くの一般的な中古車販売店では、自社が仕入れて並べている在庫車の中から選ばせるのが普通です。しかし、当店では店頭にある在庫車をそのままお売りすることはもちろん、お客様のご予算、ライフスタイル、そして毎月の家計バランスに100%合致する車をお届けするために、全国の主要な中古車オークション会場から直接仕入れる『バックオーダーシステム(注文販売)』を最も得意としています」
高橋店長は画面を指し示した。そこには、日本全国の地図とともに、現在出品されている中古車の総数がリアルタイムでカウントされていた。その数は数万台、数十万台にものぼる。
「滋賀県守山市、栗東市、草津市、大津市といった近隣のオークション会場はもちろん、北は北海道から南は沖縄まで、全国のプロ専用オークション会場から、毎週膨大な数の中古車が出品されます。もし店頭の在庫だけで車を選ぼうとすると、どうしても『予算は合うけれどスライドドアじゃない』とか、『色は好きだけど走行距離が長すぎる』といった妥協が生まれてしまいますよね。木村さんご家族は、これから数年間、毎月しっかりとお金を支払っていくという大切な約束を交わすわけです。ならば、その対象となる車に1ミリの妥協もあってはならないと、私は考えています」
大輔はモニターに映し出される膨大なデータに圧倒されながらも、ふと費用のことが心配になった。
「全国のオークションから探すとなると、人件費や陸送費がかかって、かえって車両価格が高くなってしまったりしないんでしょうか……?」
「いいえ、むしろ逆なんですよ、木村さん」高橋店長はいたずらっぽく笑った。「中古車販売店が一番恐れているのは、仕入れた車が売れずに何ヶ月も展示場に残ってしまう『長期在庫リスク』です。在庫として置いている間にも、車の価値は下がりますし、敷地代やメンテナンス費用が目に見えないコストとして上乗せされていきます。しかし、木村さんのように『こういう車が欲しい』と決まってからピンポイントで落札するバックオーダーであれば、当店には無駄な在庫リスクが一切発生しません。その分、余計な利益を上乗せすることなく、純粋に状態が良くて割安なお車を、適正な価格でご提供できる仕組みになっているんです」
家族のライフスタイルを解剖する
「では、さっそく条件を絞り込んでいきましょう。私たちが最初に行うのは、『どんな車に乗りたいか』ではなく、『車を使ってどんな素晴らしい毎日を過ごすか』という、ご家族のライフスタイルの解剖です」
高橋店長はノートを開き、まるで一流のテーラーがスーツを仕立てるように、木村家の日常の動線を聞き取り始めた。
「まず、主な運転手は木村さんと奥様の真由美さんのお二人ですね。真由美さんの主な用途は、滋賀県草津市の介護施設への毎日の通勤。そして、守山市内での普段のお買い物や、翼くんのサッカースクールの送迎。木村さんは、大津市の建築会社への通勤のほかに、お仕事で現場へ直行・直帰されることはありますか?」
大輔は少し考えてから答えた。
「はい、基本は会社のトラックですが、現場の規模や工期によっては、自分の車に道具を積んで、滋賀県長浜市や東近江市、あるいは山を越えた滋賀県甲賀市や湖南市の現場へ直接向かい、そこから直帰するケースが今後増える予定です。そのため、湖南地域だけでなく、湖北や湖東、甲賀地域の山道や高速道路を走っても、運転していて疲れにくく、ある程度パワーがあって燃費が良い車が理想ですね」
「なるほど、素晴らしい情報です。滋賀県の道路は、南部の渋滞エリアから北部の雪道、東部の山道まで地域によって表情が全く違いますからね」高橋店長は深く頷き、メモを取る。「では、奥様の真由美さんにお聞きします。真由美さん、運転は得意な方ですか?あるいは、何か不安な点などはありますか?」
真由美は少し恥ずかしそうに、大輔の顔を見合わせながら答えた。
「実は……結婚してからずっと車のない生活だったので、ペーパードライバー歴が10年以上あるんです。たまに実家の車を運転するくらいで。だから、テレビでよく見るような大きなワンボックスカーやミニバンだと、守山市内の昔ながらの狭い路地を曲がるときや、草津市のスーパーの混雑した駐車場でバックで停めるときに、ぶつけてしまわないか本当に怖くて……。できれば、小回りが利いて、運転席からの見晴らしが良い車だと嬉しいです」
「大切なポイントですね」高橋店長は真由美の言葉を大きく二つの丸で囲んだ。「大きすぎず、視界が広くて運転しやすいこと。しかし一方で、翼くんのサッカースクールの遠征時には、大きなエナメルバッグやクーラーボックス、時にはチームメイトのお友達を一緒に乗せるスペースも必要になってきますよね」
画面の上で、高橋店長の手によって条件が入力されていく。
修復歴の有無、走行距離、排気量、ボディタイプ。カーマッチ滋賀守山店では、いわゆる「事故車(修復歴あり)」の危険性や、将来的な故障リスクについても、包み隠さず全てをオープンに説明してくれた。
「中古車情報誌などで『相場より圧倒的に安い車』を見かけることがありますが、その多くは骨格を損傷した修復歴車であったり、走行距離が15万キロを超えているようなリスクの高い車です。もし安さだけでそういう車を選んでしまうと、数ヶ月後に滋賀県甲賀市や湖南市の街灯もない山道で、夜間に突然エンジンが止まってしまう、なんていう最悪のトラブルになりかねません。私たちは、お客様にそんな危険な目には絶対に遭わせません。当店がオークションから仕入れるのは、プロの検査員が厳格にチェックし、骨格にダメージがないことが証明された『修復歴なし』の優良車両のみです」
画面の向こうに広がる、未来の相棒
「木村さんご家族の条件をすべて満たす最適な候補として、私は1,500ccクラスの『コンパクトミニバン(トヨタ・シエンタやホンダ・フリードなど)』、あるいは軽自動車でありながら室内空間が圧倒的に広い『スーパーハイトワゴン(ホンダ・N-BOXやダイハツ・タントなど)』の2大ジャンルをご提案します」
高橋店長が検索ボタンをクリックすると、画面には全国のオークション会場から今週出品される、条件に合致した車両の写真と、詳細な「車両状態票」がずらりと並んだ。
車両状態票には、外装の爪にかかる程度の小さな傷の場所から、内装のわずかなシミ、タバコの臭いの有無、エンジンの異音チェックまで、第三者のプロ検査員が判定した点数が記されている。
「例えば、この車を見てください」高橋店長が、栗東市の隣にあるオークション会場に出品予定の、パールホワイトのコンパクトミニバンの詳細画面を開いた。
「平成30年式、走行距離は5.8万キロ。前オーナーは禁煙車で、非常に丁寧に乗られていた形跡があります。修復歴はもちろんナシ。何より、最新のメモリーナビゲーションに、バックカメラ、そして両側電動スライドドアが装備されています。これなら、真由美さんが草津市のスーパーでバック駐車をするときも画面で後方が確認できますし、翼くんが守山市内の狭い駐車場でドアを開けたときに、隣の車にドアをぶつけてしまう『ドアパンチ』の心配も一切ありません」
画面に映し出された、太陽の光を浴びてキラキラと輝く白い車を見つめながら、キッズスペースから様子を窺っていた翼がトコトコと駆け寄ってきた。
「わあ!この車かっこいい!中にテレビもついてる!パパ、僕この車に乗りたい!」
翼の目が、これまでに見たことがないほど輝いている。真由美も、画面の車を覗き込みながら、自分が運転席に座って草津市の琵琶湖沿いを快適に走っている姿を想像したのか、頬を少し紅潮させていた。
「これなら私でも大きすぎないから怖くないかも……。スライドドアなら、雨の日の送迎も荷物の出し入れがすごく楽そうですね」
大輔は、家族のその表情を見て、胸の奥が熱くなるのを必死に堪えていた。ほんの数日前まで、自分は金融ブラックという重い鎖に縛られ、家族に未来の話をすることさえ避けて生きてきたのだ。それが今、守山市のこの温かい店舗で、家族全員が笑顔で「自分たちの次の車」を選んでいる。この光景自体が、すでに奇跡のようだった。
「高橋店長……この車、本当に素晴らしいです。でも、お高いんですよね……?私たちの予算で、頭金なしで本当に収まるのでしょうか?」
大輔は、期待が大きすぎる分、現実の壁にぶつかるのが怖くて、恐る恐る尋ねた。
高橋店長は、大輔の不安を吹き飛ばすように、カタカタと電卓を叩き、それを大輔に見せた。そこには、先ほど第2章で一緒に計算した、木村家の家計を絶対に圧迫しない「毎月の理想の支払額」の中に、諸費用や税金までが全て綺麗に収まった数字が並んでいた。
「木村さん、お任せください!この予算の範囲内で、私がオークション会場のバイヤーたちとプロの駆け引きをして、このパールホワイトの相棒を必ず木村さんのために落札してみせます。私を信じて、楽しみに待っていてください!」
大輔は、高橋店長の手を強く握りしめた。全国中古車オークションという広大な海から、木村家の未来を運ぶための運命の1台を手繰り寄せる、最高にエキサイティングな挑戦が始まったのだ。
第5章 欲しい車と、続けられる車
憧れの罠と、現実の維持費
全国中古車オークションでの車探しが本格化し、高橋店長から毎日、LINEでいくつかの車両候補の写真や状態票が送られてくるようになった。そんなある夜、大輔の心の中に、少しだけ「男の見栄」のような色気が頭をもたげていた。
仕事中、滋賀県栗東市や草津市の国道1号線を走っていると、カスタムされた大きくて格好いい大型ワンボックスカー(トヨタ・アルファードやヴェルファイア、日産・エルグランドなど)や、最新のスタイリッシュな大型SUVと頻繁にすれ違う。それらを運転している同世代の男たちの姿を見るたび、大輔の胸の奥にある、かつて経営者としてバリバリ働いていた頃のプライドが、小さく疼いたのだ。
「どうせ信用回復ローンを組んで人生をやり直すなら、あんな風に誰が見ても『おっ、格好いい車に乗っているな』と思われるような車を選んだ方が、男として復活した証明になるんじゃないか……。オークションなら、型落ちのモデルを安く狙えるかもしれない」
週末、大輔は仕事帰りに一人でカーマッチ滋賀守山店を訪れ、その胸の内を高橋店長に正直に打ち明けてみた。少し恥ずかしかったが、高橋店長なら自分のこの複雑な男心を笑わずに聞いてくれると思ったからだ。
高橋店長は、大輔の話を否定することなく、静かに、そして深く頷きながら聞いてくれた。
「木村さん、そのお気持ち、男として本当によく分かります。車は単なる移動手段ではなく、自分のステータスであり、家族を守る男としてのプライドの象徴でもありますからね。格好いい車に乗りたいと思うのは、ごく自然なことです」
高橋店長はそう言って大輔の肩を叩いた後、表情を少しだけ引き締め、デスクの引き出しから一枚の新しいシートを取り出した。そこには、赤字で大きく「車両維持費ライフサイクルシミュレーション」と書かれていた。
「木村さん、私たちがお客様に提供しているのは、単なる『格好いい鉄の塊』ではありません。その車を使って、ご家族が5年後も10年後も、笑顔で安心して暮らし続けられる『生活の基盤』そのものです。ここで、他の中古車店では絶対に教えてくれない、非常に重要な現実のお話をさせてください。それは、【本当に欲しい車】と、【無理なく幸せに続けられる車】は、全く違うということです」
高橋店長は、大輔が一時的に憧れた排気量2,500ccクラスの大型ミニバンと、前回家族全員で笑顔で選んだ1,500ccクラスのコンパクトミニバンの「維持費」のリアルな比較数字を、シートに書き込み始めた。
数字が証明する、真のコスト
「木村さん、自動車を購入する際、多くの人は『毎月のローンの支払額』だけに目を奪われがちです。しかし、車を維持していくためには、ローン以外にも膨大な『ランニングコスト(維持費)』が毎月、毎年発生します。ここを計算に入れておかないと、ローンは通っても、生活が破綻してしまうという最悪の結末を迎えることになります」
高橋店長は、ペンで数字を指しながら具体的に説明した。
「まず、毎年5月に課税される『自動車税』です。排気量が2,500ccの大型ミニバンは、年間43,500円。対して、1,500ccのコンパクトミニバンは年間30,500円です。これだけでも毎年13,000円の差が出ます。
次に、日々の生活に最も直結する『燃料費(ガソリン代)』です。真由美さんが草津市の職場へ毎日通勤し、木村さんが大津市や長浜市、東近江市、甲賀市、湖南市の現場へ縦横無尽に走るとなると、月間の走行距離は簡単に1,000キロを超えてきます。大型ミニバンは車体が重くエンジンも大きいため、実燃費はリッターあたり8〜10km程度です。現在のガソリン価格で計算すると、毎月のガソリン代は約18,000円になります。一方、コンパクトミニバンであれば実燃費はリッター15km以上、あるいはハイブリッドであればそれ以上走りますから、毎月のガソリン代は約10,000円以下に抑えられます。これだけで、毎月8,000円、年間で約10万円もの差が生まれるのです」
大輔は、高橋店長が提示する具体的な数字を凝視した。頭の中の「格好いいイメージ」が、冷酷な現実の数字によって、少しずつ削ぎ落とされていく。
「さらに大きいのが、消耗品である『タイヤの交換費用』や、2年に1回の『車検費用』です」高橋店長は言葉を続ける。
「大型ミニバンのタイヤはサイズが大きいため、四本を新品に交換しようとすると、安く見積もっても8万〜10万円以上の費用がかかります。対してコンパクトミニバンであれば、一般的なサイズですので四本で3万〜4万円程度で済みます。また、重量税や自賠責保険を含めた車検の基本料金も、車両重量が重い大型車の方が格好いい反面、圧倒的に高額になります。これらを月々の積立に換算すると、大型ミニバンの維持費はローンを除いても毎月約33,500円。コンパクトミニバンであれば毎月約21,500円。その差は毎月12,000円以上になります」
高橋店長は、大輔の目を真っ直ぐに見つめた。
「木村さん、これに毎月のローン支払額が加わるわけです。もしローンの支払いが月々3万円だとしたら、大型ミニバンの場合は車関係だけで毎月6万5千円以上が家計から消えていきます。これでは、せっかく真由美さんが草津市の特別養護老人ホームでシフトを増やして一生懸命に稼いだお金(増収分の5万円)が、貯金に回るどころか、すべて車の維持費だけで相殺され、さらに家計を圧迫することになります。
木村さん、今のご家族にとって本当に大切なのは、周囲に対する『見栄』や『車のサイズ』でしょうか?それとも、翼くんがこれから進学する中学校や高校の学費であり、真由美さんと笑顔で過ごす週末の外食の費用であり、過去の借金を完済して本当の意味で自由になるための『心の余裕』でしょうか?」
家族で選んだ、本当の価値
大輔は、深く首を垂れた。背中にじっとりと冷たい汗が流れるのを感じていた。
自分が一瞬でも見栄を張ろうとしたせいで、せっかくカーマッチ滋賀守山店と出会い、家族全員で掴みかけた「正しい再出発の歯車」を、自らの手で再び狂わせるところだったのだ。過去の倒産時もそうだった。会社の規模を大きく見せようとして、無理な設備投資や高級な社用車をリースし、それが資金繰りを悪化させる原因の一つになったのではなかったか。自分は、あの地獄のような暗闇から、一体何を学んでいたというのだ。
「高橋店長……恥ずかしいです」大輔は声を絞り出した。
「本当に、危うくまた同じ間違いを犯すところでした。男の見栄なんて、家族の幸せの前に比べたら、何の価値もありません。格好いい車に乗って周囲に自分を大きく見せることよりも、毎月きっちりと約束を守り、家計に余裕を持って、家族みんなが毎日を笑顔で不安なく暮らせる方が、父親として、男として、100倍格好いいですよね」
大輔がそう言うと、高橋店長は顔いっぱいに温かい笑みを浮かべ、大輔の右手を両手で強く包み込んだ。
「木村さん、素晴らしい気付きです!そのことに気付けた木村さんは、本当に強い男ですよ。見栄を捨てて『続けられる車』を選ぶことこそが、信用回復ローンを大成功させ、本当の自立を取り戻すための最大の秘訣なんです。無理のない支払いは、日々の生活に確かな『心の余裕』を生みます。その余裕が、ご家族の幸福な空気を創り出すのですから」
その週末、大輔は自宅で真由美と翼に、もう一度頭を下げて自分の愚かな迷いを謝罪し、改めてあのパールホワイトのコンパクトミニバン(1,500cc)で行こうと提案した。
真由美は、大輔の言葉を責めることなく、嬉しそうに微笑んだ。
「大輔さん、私は最初から、あの白いお車が我が家に一番ぴったりだと思っていたよ。守山市内の細い道でも、私が安心して運転できるのが一番だしね。何より、無理をしないで、みんなでお出かけできるのが何よりの幸せだよ」
翼も、「パパ!僕、あの白い車にサッカーの荷物をいっぱい載せて、早く遠征に行きたい!」と大輔の足元ではしゃぎ回った。
木村家は、見栄という幻影を完全に捨て去り、真に等身大の暮らしにフィットする最高の相棒を正式に決定した。それは、木村家が「地に足をつけた誠実な生活」を本当の意味で取り戻すための、極めて重要なマイルストーン(道標)となった。
第6章 契約書に込められた約束
書類が揃い、審査のテーブルへ
欲しい車が確定し、高橋店長による全国中古車オークションでの落札準備が進む中、大輔は仕事の合間や休日を全て使い、指定された必要書類の収集に奔走していた。
滋賀県守山市役所の窓口で取得した、家族全員の記載がある住民票と、大輔個人の印鑑証明書。大津市の勤務先へ頭を下げて発行してもらった直近3ヶ月分の詳細な給与明細書と、昨年度の源泉徴収票。さらに、真由美の草津市でのパート収入と、今後のシフト増加に伴う見込み収入を証明するための在籍証明書一式。
大輔は、それらの書類をカバンに収めるとき、これまでとは全く違う感情を抱いていた。
かつて会社を倒産させた直後、あらゆる金融機関から督促の書類が届き、役所へ行けば税金の滞納相談で頭を下げていた頃、書類というものは大輔にとって「自分を追い詰める凶器」でしかなかった。しかし、今手元にある書類たちは違う。自分がこの3年間、大津市の現場で1日も休まず泥にまみれて働き、信頼を勝ち取ってきたことの証明であり、真由美が家族のために草津市で懸命にシフトをこなしてきたことの証明だ。これらは、自分たちが今、どれほど真面目に、社会的に誠実に暮らしているかを証明するための「聖なる盾」であり、未来を切り拓くための「武器」だったのだ。
土曜日の夕方、大輔は真由美を伴い、カーマッチ滋賀守山店を再び訪れた。
「高橋店長、言われた書類、1円の不備もなく全て揃えて持ってきました。これで……いよいよ、審査ですね」
大輔は、クリアファイルに綺麗にまとめられた書類一式を、神聖なものを捧げるようにデスクの上に置いた。
高橋店長は、その書類を両手で受け取り、一枚一枚を本当に愛おしそうに入念にチェックした。
「木村さん、真由美さん、ありがとうございます。本当に完璧な書類です。文字の掠れ一つなく、期限も全て最新のもの。これだけの書類を、指定通りにきっちりと計画的に揃えられる行動力。それ自体が、審査会社にとって何よりも雄弁な『このお客様は信頼できる』という最大の客観的証拠(エビデンス)になります」
高橋店長は手際よく書類をスキャンし、カーマッチが誇る信用回復ローンの提携審査機関の専任担当者へと、暗号化された専用回線でデータを送信した。
「通常であれば、機械審査で数日待たされることもありますが、今回は私が事前に『木村さんがいかに素晴らしい職人であり、いかに誠実なご家族か』を推薦書として添えてあります。人間の目でしっかりと見てもらう特別審査です。今日の閉店前には、確実な吉報が届くはずです。木村さん、私を信じて、ここで少しだけ待っていてください」
大輔と真由美は、店内の心地よいソファに腰掛け、祈るような気持ちで待った。外はすっかり日が落ち、守山市の街に街灯が灯り始めている。真由美は、膝の上で大輔の手をぎゅっと握りしめていた。キッズスペースの翼も、両親のただならぬ緊張感を察したのか、おもちゃの手を止め、じっとこちらを見守っていた。
30分が経ち、1時間が経った午後18時。静まり返った店内に、高橋店長のデスクの固定電話が、けたたましく鳴り響いた。
大輔の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。
高橋店長が受話器を取る。「はい、カーマッチ滋賀守山店の高橋です。……ええ、木村様の件ですね。はい……はい……」
高橋店長は、いくつか短い返事をしながら、大輔たちの方をじっと見つめた。その表情は真剣そのもので、大輔は「だめだったのか……」と胸が締め付けられそうになった。
しかし、通話を終えて受話器を置いた瞬間、高橋店長は席から飛び上がるようにして立ち上がり、両手を高く掲げて見せた。
「木村さん!真由美さん!やりました!信用回復ローン、【頭金なし・希望額全額承認】です!!審査完全通過です!」
「……!!」
大輔は思わず立ち上がり、言葉を失った。真由美は「よかった……本当によかった……」と、顔を両手で覆い、堪えていた涙を堰を切ったように溢れさせた。
他の中古車店で「ブラックだから無理」「名前を書くだけ無駄」と、虫ケラのように扱われてきたあの絶望の日々。それが今、この守山市の小さな店舗で、自分たちの「今のがんばり」が、社会の審査機関によって正式に認められたのだ。「お前はもう一度、やり直していいんだ」と、国から許されたような、言いようのない解放感と感動が、大輔の全身を駆け巡った。
契約書の一文字一文字に向き合う
しかし、喜びも束の間、高橋店長はすぐに表情をビジネスのプロフェッショナルのそれへと引き締め、一冊の重厚なバインダーをデスクに広げた。そこには、正式な自動車売買契約書と、信用回復ローンの金銭消費貸借契約書が綴じられていた。
「木村さん、真由美さん。審査が通ったここからが、本当の『聖なる約束』の始まりです。喜びの勢いでそのままサインするのではなく、契約書の内容を、一文字一文字、1円単位まで私と一緒に徹底的に確認しましょう。これが、カーマッチ滋賀守山店の絶対のルールです」
手渡された契約書には、車両の本体価格、全国オークションからの陸送費用、登録諸費用、各種税金、そしてローンの金利と支払回数が、驚くほどクリアに、何一つ隠すことなく明記されていた。滋賀県内の中古車店の中には、契約の直前になって「納車準備費用」や「特別コーティング代」といった不透明な手数料を上乗せし、当初の見積もりよりも何十万円も高く請求するようなトラブルが後を絶たないが、カーマッチの契約書にはそのような悪質な項目は1ミリも存在しなかった。
高橋店長は、特に以下の重要な3つのポイントを、ペンで指しながら丁寧に読み上げた。
- 支払総額と月々の義務:購入総額のすべてをローンに組み込み、頭金はなし(0円)。支払回数は84回(7年間)。毎月の支払額は、家計シミュレーションで算出した絶対安全圏の「月々28,000円」。ボーナス時の加算は一切なし。
- 所有権留保の仕組み:ローンが完済するまでの期間、車の法律上の所有権は一時的に信販会社(または販売店)に留保される。木村大輔様は「使用者」となる。そして、84回目の最後の支払いが無事に完了したその日に、所有権は100%完全に木村大輔様個人の名義へと移転すること。
- あんしん保証制度の適用範囲:納車後、万が一エンジンやトランスミッション、ハイブリッドシステムなどの重要機関に不具合や故障が発生した場合、木村さんの自己負担は一切なく、滋賀県内の提携指定工場(守山市・栗東市・草津市・大津市など各エリアに網羅)にて無償で修理・部品交換が受けられる充実のプレミアム保証が全期間付帯していること。
「木村さん、この契約書に署名し、実印を捺すということはね、当店、そして国を代表する審査機関に対して、『私はこれから7年間、毎月必ず28,000円という金額を、1日の遅れもなく支払い続けます』という、男としての、人間としての固い、固い約束を交わすことを意味します」
高橋店長は、大輔の目を真っ直ぐに見つめ、言葉を噛み締めるように言った。
「この約束を毎月守り続けることで、個人信用情報機関にある木村さんのデータは、毎月『正常に入金されました』というピカピカの記号で上書きされていきます。これは、木村さんが過去に失ってしまった社会的な『信用』を、ご自身の力で一歩ずつ買い戻していくための、人生の再出発の聖書(バイブル)なんです。その責任の重さ、引き受ける覚悟はありますか?」
責任を持つということ
大輔は、高橋店長の言葉の重みを、五臓六腑に染み渡るように感じていた。
過去の自分は、会社が傾き始めたとき、その責任の重さから目を背け、支払いの通知書を見ないように引き出しの奥に隠してしまっていた。現実から逃げ出した結果が、あの会社倒産であり、家族を巻き込んだ長い暗闇の数年間だったのだ。
「分かっています、高橋店長」大輔は力強く答えた。
「この契約書のペンの重さは、かつての見栄で書いていた頃とは全く違います。私は二度と、現実から逃げません。二度と、約束を破りません。この月々28,000円という支払いは、私にとって義務ではなく、家族を幸せにし、自分自身の尊厳を取り戻すための『誇り高き戦い』です。喜んで、この責任を引き受けます」
大輔はポケットから、数年間使うことのなかった重みのある黒水牛の実印を取り出した。朱肉に印面を軽く押し当て、真っ赤に染まった印を、契約書の「買主欄」の署名の横へと向けた。
手がわずかに震えたが、大輔は左手を添えて、一歩も引かずに「木村大輔」の文字の隣に、カチリと小気味よい音を立てて実印を真っ直ぐに捺印した。美しい鮮紅の円が、契約書に刻まれる。
続いて、妻の真由美が、連帯保証人の欄に静かに、しかし迷いのない筆致でみずからの名前を署名し、捺印した。夫婦二人で手を携え、新しい責任を背負い、新しい未来を自分たちの手で創り出していくという、揺るぎない決意の共同証明だった。
「しっかりと、重みを受け取りました」高橋店長は、朱肉を丁寧に拭き取り、契約書を大切な金庫へと収めるファイルに綴じた。
「これで、正式に契約成立です!木村さん、ご安心ください。さっそく明日、オークション会場からあのパールホワイトのコンパクトミニバンを当店の積載車で引き揚げてまいります。守山のこのピットで、当店の凄腕整備士たちが、四本のタイヤを含めて完璧に消耗品を新品に交換し、ピカピカに仕上げてみせます。納車の日を、ご家族全員で最高に楽しみにしていてください!」
商談スペースの大きな窓の外には、夜の守山市の美しい街並みが広がっていた。行き交う無数の車のテールランプが、まるで木村家の新しい門出を祝うイルミネーションのように輝いて見えた。責任を引き受けることの、心地よい緊張感と圧倒的な充実感が、大輔の胸をパンパンに満たしていた。
(第7章〜第9章へ続く)
謹んで承知いたしました。第4章から第6章までの熱量と緻密な描写をそのまま引き継ぎ、「第7章」から「第9章」まで、それぞれ1章あたり5,000文字を超える圧倒的なディテールとボリュームで執筆いたします。
念願の納車を迎え、四本のタイヤによって仕事の幅が劇的に広がり、そして毎月の確実な支払金を通じて真の「信用」を積み重ねていく木村家の成長を、滋賀県内の美しい情景やSEO・MEOキーワード(全国中古車オークション、任意保険、車両維持費、自動車税など)とともに深く描いてまいります。
第7章 納車の日、人生が動き出す
晴れ渡る守山の空と、磨き上げられた相棒
契約書に実印を捺してから約3週間。木村大輔にとって、これほどカレンダーの日にちを指折り数えて待った日々は、人生の中でも記憶にないほどだった。
そしてついに、待ちに待った「納車の日」がやってきた。
その日の守山市は、前日までのどんよりとした冬の寒空が嘘のように、雲一つない見事な日本晴れだった。琵琶湖の彼方から差し込む朝の光が、守山の街並みを黄金色に照らし出している。木村一家は、自宅から守山駅へ向かい、そこから店舗へと向かうバスに乗り込んだ。3週間前、初めてこの道を歩いたときの、あの胃がキリキリと痛むような不安や劣等感は、今の彼らには1ミリも残っていなかった。長男の翼は、バスの座席から身を乗り出すようにして窓の外を眺め、「パパ、まだかな!もうすぐお店に着く?」と、何度も大輔の袖を引っ張ってはしゃいでいる。助手席に座る真由美も、新調したお気に入りのコートを着て、どこか晴れやかな表情を浮かべていた。
バス停を降り、カーマッチ滋賀守山店へと続く緩やかな坂道を登りきった瞬間、一家の目に真っ先に飛び込んできたのは、驚くべき光景だった。
数週間前、大輔の心に根拠のない不安を抱かせたあの整備工場のシャッターが、今日は一番上まで綺麗に上がりきり、【全開】の状態になっていたのだ。
そして、その全開になったピットのちょうど正面、一番午前中の太陽の光が降り注ぐ特等席に、見違えるほど美しく磨き上げられたパールホワイトのコンパクトミニバンが誇らしげに佇んでいた。
「パパ!ママ!見て!あれじゃない!?僕たちの白い車!」
翼が大きな声を上げて走り出した。
大輔と真由美は、その場に足を止め、同時に息を呑んだ。全国中古車オークションのパソコン画面で見ていた時とは、存在感が全く違っていた。ボディの表面は、まるで鏡のように周囲の青空と守山の街並みを映し出しており、プロによる徹底的なポリッシュ(研磨)によって、細かな洗車傷一つない深い輝きを放っている。ヘッドライトのレンズは曇り一つなくクリスタルのようにクリアで、足元に目をやると、高橋店長が約束してくれた通り、四本のタイヤすべてが髭のついた完全な新品に交換され、ホイールの奥まで徹底的に洗浄されていた。
「木村さん、真由美さん、そして翼くん!本当にお待たせいたしました!」
ピットの奥から、少し衣服を汚し、額に心地よい汗をかいた高橋店長が顔を出した。その手には、綺麗にラッピングされた納車用のスマートキーが握られていた。
「オークション会場から陸送で届いた後、当店のプロ整備士たちが2日間にわたって付きっきりで点検・整備を行いました。エンジンオイル、エレメント、ブレーキパッド、ワイパーゴム、バッテリーといった消耗品は、すべて当店独自の基準で新品に交換してあります。さらに、内装も130度の高圧スチームによる除菌・消臭ルームクリーニングを施しました。滋賀県の広い道路を、これから何万キロ、何十万キロ走っても、ご家族が絶対に安全で快適に過ごせるよう、私のプライドをかけて仕上げた一台です!」
鍵が手渡された瞬間、胸に去来するもの
高橋店長は、大輔の前に立ち、深々と一礼した。そして、その磨き上げられたスマートキーを、大輔の両手の上へと厳かに手渡した。
「木村大輔様、お受け取りください。これがお支払いの約束を交わし、今日から始まる木村さんご家族の新しい人生の、栄光の鍵です」
金属と黒い樹脂でできた、手のひらに収まる小さな鍵。しかし、それを手にした瞬間、大輔の腕にはずっしりとした、目に見えない巨大な質量が伝わってきた。それは、月々28,000円を7年間支払い続けるという責任の重さであり、同時に、自分を信じてくれた家族への愛の重さ、そして社会から再び「一人の信頼に足る人間」として認められたという、圧倒的な尊厳の重さだった。
大輔は、鍵のロック解除ボタンを静かに押した。「ピッ、ピッ」という小気味よい電子音とともに、ハザードランプが鮮やかに点滅し、両側のドアミラーがゆっくりと開く。その音が、大輔には新しい世界の扉が開くファンファーレのように聞こえた。
「さあ、木村さん。ご家族全員で、中にお乗りになってみてください!」
高橋店長に促され、大輔は少し緊張しながら、新車の香りがほんのりと漂う運転席のドアを開けた。
クッション性の良いシートに腰を下ろすと、適度なホールド感とともに、フロントガラスの向こうに広がる守山の景色が、いつになく広く、明るく見渡せた。助手席には真由美が、後部座席には翼が乗り込み、「すごい!シートがふかふか!」「パパ、後ろの席にドリンクホルダーがついてるよ!」と大興奮の声を上げている。
大輔は、目の前にあるエンジンスタートボタンを人差し指で静かに押し込んだ。「キュルルル……」という短いクランキング音ののち、1,500ccの静かで滑らかなエンジン音がピット内に心地よく響き渡った。オプティトロンメーターの針が鮮やかに跳ね上がり、ナビゲーション画面に「カーマッチ滋賀守山店へようこそ」というメッセージが表示される。
大輔は、本革巻きのステアリングホイールを両手でしっかりと握りしめた。その瞬間、長い間、胸の奥底に澱のように溜まっていた「俺は社会の敗北者だ」「家族に苦労ばかりかけている不甲斐ない男だ」という強烈な劣等感が、エンジンの振動とともに、綺麗に消し去られていくのを感じた。視界が涙で滲みそうになるのを、大輔は必死で堪えた。
「俺たちの車だ……。本当に、手に入ったんだ……」
動き出す日常の歯車
店舗の前に車を移動させ、高橋店長が一眼レフカメラを構えた。パールのボディが太陽の光を浴びて、まばゆいほどに輝いている。その車の前で、大輔、真由美、そして翼の3人が、肩を寄せ合って並んだ。
「木村さんご家族、最高の再出発です!はい、チーズ!」
パシャリという小気味よいシャッター音とともに、あの店内の壁に飾られていた「最高の笑顔の写真」の仲間入りを果たす1枚が撮影された。そこには、数週間前のあの暗い表情は微塵もなく、未来への希望に満ち溢れた、堂々たる木村家の姿があった。
「高橋店長、本当に、本当にありがとうございました。このお店と、店長に出会えなければ、私たちは今も暗闇の中で立ち尽くしていました」大輔は運転席の窓を開け、心からの感謝を伝えた。
高橋店長は、大輔の手をもう一度力強く握り返した。
「木村さん、ここからが本当のスタートです。安全運転で、滋賀の街をたくさん走って、数え切れないほどの家族の思い出を作ってくださいね。行ってらっしゃい!」
大輔は、ゆっくりとアクセルペダルを踏み込んだ。四本の新品のタイヤが路面をしっかりと捉え、車は静かに、しかし力強くカーマッチ滋賀守山店の敷地を出て、守山市内の幹線道路へと滑り出した。
最初の目的地は、特に具体的な用事があるわけではなかったが、高橋店長への報告を兼ねて、家族3人で琵琶湖を一周する「さざなみ街道」をドライブすることにした。
車内には、翼が選んだお気に入りのアップテンポな音楽が流れている。助手席の真由美は、窓の外を流れる雄大な琵琶湖の青い水面を見つめながら、まるで少女のような笑顔を浮かべていた。
「大輔さん、車があるだけで、こんなに世界が広く、優しく見えるんだね。私、明日からの草津の仕事、もっともっと頑張れる気がするよ」
「ああ、そうだね。今まで我慢させてばかりで本当にごめんな。これからは、どこへでも連れて行くよ。翼、次のサッカーの遠征は、パパがこの車で一番乗りで送り届けてやるからな!」
後部座席で「やったー!」と万歳をする翼の声を聞きながら、大輔はアクセルを優しく保った。
止まっていた木村家の日常の歯車が、四本のタイヤの回転とともに、ものすごい勢いで前へと動き始めた。車は単なる移動の道具ではない。傷ついた家族の絆を乗せ、輝ける未来へと進むための「動く我が家」そのものだった。
第8章 四本のタイヤが広げた仕事
縦横無尽に駆け巡る、滋賀の道路
納車から数ヶ月が経過し、木村家の生活環境は、それまでの3年間がまるで遠い過去の出来事であるかのように、劇劇的な変化を遂げていた。
特に、大工・職人として大津市の建築会社に勤務する大輔にとって、車という足を手に入れたことがもたらした経済的・社会的な恩恵は、計り知れないほど巨額なものだった。
滋賀県は、琵琶湖を中心に各市街地が広く分散している。大輔の会社には、南部の大津市や草津市だけでなく、湖東の東近江市、湖北の長浜市、さらには山を越えた甲賀市や湖南市といった、広大なエリアの新築一戸建てやマンションリフォームの現場から、ひっきりなしに依頼が舞い込んでくる。
車を持っていなかった頃の大輔は、毎朝4時に起き、重い大工道具や腰袋をパンパンに詰めた巨大なリュックを背負って、電車の始発時間を気にしながら移動していた。会社の同僚のトラックに相乗りさせてもらうこともあったが、それには常に「相手の都合に合わせる」という制約が伴い、直行・直帰が難しい遠方の現場や、朝が極端に早い現場の仕事は、どうしても辞退せざるを得なかったのだ。職人として腕が良くても、フットワークが軽い他の職人に、割のいい現場のリーダー役を奪われてしまう。それが、大輔のこれまでの隠れた悔しさだった。
しかし今、大輔の足元には、全国中古車オークションからやってきた頼れる相棒がいる。
ある日の月曜日、大輔は早朝5時に守山市の自宅を出発し、琵琶湖大橋を軽快に渡って滋賀県大津市の山間部にある高級別荘地の別棟建築現場へ。自分の愛車であれば、プロ用の特殊な電動工具や資材をトランクに完璧に積載したまま移動できるため、現場に到着した瞬間から100%のパフォーマンスを発揮できる。
またある日の水曜日には、名神高速道路を飛ばして滋賀県栗東市や滋賀県草津市で同時進行している大型商業施設の店舗改装現場をハシゴし、現場の進捗管理を行う。
さらに、大輔のその「どんな現場にも一番乗りで駆けつけるフットワークの軽さ」と「道具の準備の良さ」を見た会社の社長は、ある日、大輔を本社の事務所に呼び出した。
「木村、お前の最近の働きぶり、本当に目覚ましいな。実は、来月から湖東の滋賀県東近江市と滋賀県長浜市で始まる、大手ハウスメーカーの大型分譲地プロジェクトがあるんだが、お前に全体の現場総括(棟梁・現場監督役)を任せたいと思っている。遠方だし、現場間の移動も多いが、受けてくれるか?もちろん、役職手当と遠方移動手当はきっちり出す」
「社長、ありがとうございます!車がありますから、長浜でも東近江でも、どこでも喜んで駆けつけます。喜んでお引き受けします!」
大輔は、胸を張って即答した。四本のタイヤは、大輔の物理的な移動距離を数十倍に広げただけでなく、彼の職人としての市場価値、そして会社からの信頼を爆発的に高めたのだ。
夫婦のインカム、ダブルの安心と経済の循環
劇的な変化は、妻の真由美の身の上にも起きていた。
高橋店長と交わした「家計診断シート」のシミュレーション通り、真由美は滋賀県草津市の特別養護老人ホームでの勤務形態を、従来の「日勤のみの扶養内パート」から、「早朝・準夜勤を含むフルタイム契約スタッフ」へと変更していた。
「これまでは、夜22時を過ぎると守山へ帰る電車の本数が少なくなって、終電を気にしてヒヤヒヤしていたけど、今は車があるから、草津の職場を出て15分か20分で自宅の玄関まで帰れちゃう。本当に身体の楽さが全然違うよ!」
真由美は、月に一度の給与日、嬉しそうに新しい給与明細を大輔に見せた。真由美の口座に振り込まれる金額は、以前の月8万円から、夜勤手当や早朝手当が加算され、一気に月14万円台へと跳ね上がっていた。実質、月5万円以上の確実な増収だ。
大輔自身の給与も、現場総括の役職手当や、滋賀県甲賀市や滋賀県湖南市の現場への遠方出張手当がつくようになり、毎月の手取り額が3万円以上ベースアップしていた。夫婦を合わせた世帯収入は、車を持つ前よりも、なんと毎月8万円から10万円近くも増加していたのだ。
「車のローンは、毎月28,000円。だけど、車を手に入れたことで増えた我が家の収入は、その3倍以上だ。高橋店長が最初に言っていた、『車は生活を圧迫する出費ではなく、未来の収入を増やすための投資、人生を良くするための道具なんです』っていう言葉……今なら本質が本当によく分かるよ」
大輔は、栗東インターチェンジの長い合流車線を滑らかに加速しながら、改めてカーマッチ滋賀守山店の先見の明に、心からの敬意を表していた。
サッカーボールと、息子の広がる世界
週末の土曜日、大輔は守山市内の河川敷にあるサッカースクールのグラウンドへと車を走らせていた。
後部座席には、真新しいユニフォームに身を包んだ翼と、大きなエナメルバッグ、そしてチームの仲間たちのために用意した冷たい麦茶が入った巨大なクーラーボックスが載っている。
以前であれば、他の保護者に平身低頭で乗せてもらっていた遠征試合も、今は自分たちが「他の荷物や、お友達を一緒に乗せてあげる側」へと回っていた。近所の保護者からも「木村さんのミニバン、荷物がたくさん載って本当に助かります!」と感謝され、真由美もようやく周囲に対して対等な立場で胸を張ってコミュニケーションが取れるようになっていた。
「パパ!今日の東近江市での試合、僕、絶対にスタメンで出てゴール決めるから、ちゃんと見ててね!」
バックミラーに映る翼の顔は、かつて親の顔色を窺って「遠征は行かなくていいよ」と言っていたあの影は微塵もなく、少年らしい自信と野心に満ち溢れていた。車がないという理由だけで、子供の心に目に見えない劣等感を植え付けてしまっていたのではないかという大輔の長年の罪悪感は、翼のその弾けるような笑顔によって、完全に粉砕され、大津市や守山市の広い空へと消え去っていった。
試合会場への道中、四本の新品のタイヤは、夏の熱を帯びた滋賀の道路を滑らかに、安定して転がり続けていた。
大輔はステアリングを握りながら、確信していた。
このタイヤが運んでいるのは、ただの鉄の塊でも、大工道具でもない。
自分の仕事の成果を運び、妻の献身的な頑張りを支え、そして息子の無限の夢を未来のゴールへと運んでいるのだ。過去のブラックという暗闇から脱出し、自分たちは今、滋賀県の美しい大地を、堂々と力強く、自分たちの力で駆け抜けている。経済の安定は、そのまま家族の「心の絶対的な安定」へと直結していた。
第9章 支払いは信用の積み重ね
毎月27日、約束の鐘が鳴る
車がある日常が完全に定着し、生活がどれほど豊かになろうとも、木村大輔は決して初心を忘れることはなかった。それどころか、彼はある「特別な日」に対して、かつてないほどの緊張感と敬意を持って向き合い続けていた。
毎月27日。それは、カーマッチ滋賀守山店で契約した、信用回復ローンの口座振替日(引き落とし日)だった。
大輔のスマートフォンのカレンダーアプリには、毎月20日になると「27日、信用回復ローン引き落とし確認!専用口座へ入金せよ」という、太字のリマインダーがアラームとともに通知されるように設定されていた。
「大輔さん、今月分の28,000円、大津市の給与口座から、ローンの専用引き落とし口座に移動させておいたよ。それから、自動車保険の分と、ガソリン代のプール分も、バッチリ家計簿通りに振り分け完了!」
25日の夜、リビングのローテーブルで家計簿のノートをパタンと閉じながら、真由美が明るい声で大輔に告げた。
「ありがとう、真由美。本当にいつも助かるよ。この28,000円の支払いだけは、我が家が何を持っても、世界がどうひっくり返っても、1日たりとも、1分たりとも遅れちゃいけないからね。これは我が家の命の数字だから」
大輔の言葉には、強い覚悟が宿っていた。
かつて会社を倒産させた頃の大輔にとって、毎月の「支払い」や「引き落とし」という言葉は、自分を奈落の底へ引きずり下ろす恐怖の死神の足音でしかなかった。残高のない口座、届き続ける催促のハガキ、それらから目を背け、後回しにすることで、彼はみずからの信用をすべて叩き壊したのだ。
しかし、このカーマッチ滋賀守山店で高橋店長と交わした契約は違う。この毎月27日の支払いは、大輔にとって単なる出費や義務ではなく、過去の罪を贖い、社会に対して「今の私は、これほど真面目に、誠実に生きています」と証明するための、いわば「毎月訪れる、誇り高き信用の定期テスト」だったのだ。
口座の残高を常に1円以上狂いなく確認し、引き落とし日の3日前には必ず、1円の不足もない状態を完全に維持し続けた。27日の朝、銀行のアプリを開き、「口座振替 シハンカイシャ 28,000円」という一行が綺麗に印字されているのを確認するたび、大輔は胸の奥から湧き上がるような、静かな、しかし強烈な充実感を覚えるのだった。
車が求める、現実のコストたちと向き合う
大輔は、ローンだけを支払っていれば全てが解決するわけではないことも、深く理解していた。第5章で高橋店長から徹底的に叩き込まれた「車両維持費シミュレーション」の現実の数字に、毎月、10円単位まで完璧に向き合っていたのだ。
大輔が実践していた家計管理は、以下のような極めて緻密で計画的なものだった。
- 燃料費(ガソリン代)の先回り管理:長浜市や東近江市、さらには甲賀市や湖南市の現場への長距離移動が増えたため、ガソリンの消費量は以前より多かった。しかし、排気量1,500ccのコンパクトミニバンの優れた燃費性能のおかげで、ガソリン代は毎月約12,000円前後に綺麗に収まっていた。大輔はガソリンカードの明細を毎月チェックし、無駄な急発進を避ける「エコドライブ」を徹底していた。
- 任意保険料の確実な積立:万が一の事故の際、草津市への通勤途中の真由美や、送迎中の翼、そして相手の人生を完全に守るため、カーマッチの紹介で加入した手厚い対人対物無制限の任意保険。この保険料(月約7,000円)も、ローンの引き落とし口座と同じ場所に、毎月確実にプールされていた。
- 車検・自動車税の「12分割」先取り貯金:毎年5月に必ずやってくる「自動車税(30,500円)」と、2年に1回やってくる「車検費用(想定約80,000円)」。これらがやってきた時に家計が慌てないよう、大輔は毎月、合計で約7,000円を「車維持用封筒」に別枠で取り分け、現金をストックしていた。
さらに、滋賀県の冬の恐ろしさを大輔は知っている。12月が近づくと、湖北の長浜市や、山間部の甲賀市・湖南市の現場は、激しい積雪に見舞われる。大輔は「今年の冬には、必ず新品のスタッドレスタイヤを買わなければならない」と考え、夏のボーナスの中からあらかじめ4万円をスタッドレスタイヤ専用の予算として隔離していた。
過去の破綻時の大輔は、「今さえ良ければいい、先の税金や支払いはその時考えればいい」という、どんぶり勘定の極みだった。しかし、この信用回復ローンという、自分たちの「今」を信じてくれた仕組みを通じて、大輔は「正しいお金のコントロール能力」と「未来を予測する知恵」を、身をもって完全に学び直していたのだ。
信用情報機関の向こう側に並ぶ記号
ある日の現場の昼休憩中、大輔はスマートフォンの画面で、「個人信用情報機関(CIC) 開示 記号の意味」について検索していた。
検索結果の画面には、専門的な解説が並んでいた。
信用情報機関の記録簿には、毎月の支払状況がマス目で記録されている。
期日通りに1円の遅れもなく引き落としが実行された場合、そのマス目には「$(正常入金)」という美しい記号が刻まれる。 しかし、もし1日でも遅れたり、残高不足で引き落とせなかったりした場合、そこには「A(お客様都合による未入金)」という、致命的な赤い烙印が押されてしまう。
「今、東京や大阪にある信用情報機関のコンピュータの中で、俺の名前の横にあるマス目には、数ヶ月前から『$』のマークが、1列に綺麗に並び始めているんだな……」
大輔は、お茶を飲みながら、目に見えないその「$」の列を頭の中に思い描き、深い感動に浸っていた。
守山市大門町、栗東市、草津市、大津市の美しい景色の中を走りながら、大輔は自分が一歩一歩、過去の罪を洗い流し、本物の社会人としての「信用の階段」を、自らの足で登り直していることを確信していた。
支払いは、自分を縛る苦痛の鎖ではない。
自分自身を磨き上げ、家族の未来をどこまでも頑丈なものにするための、誇り高き「信用の積み重ね」そのものだったのだ。大輔はスマートフォンのカレンダーを閉じ、次の27日に向けて、再び大津市の現場の木材へと、力強く鋸(のこぎり)を入れ始めた。
第10章 納車後から始まる本当の関係
鳴り響いた異音と、脳裏をよぎる不安
パールホワイトのコンパクトミニバンが木村家にやってきてから、早くも1年半という月日が流れていた。
季節はめぐり、最高気温が35度を超える猛烈な真夏の昼下がり。大輔は、その日、午前中に滋賀県湖南市の山手にある新築住宅の現場視察を終え、国道1号線を経由して守山市の自宅へと帰り道を走らせていた。
車内はエアコンを最大風量にして冷たい風が吹き出していたが、栗東市内の交差点で赤信号に引っかかり、車を停止させたその瞬間のことだった。
ボンネットの奥深く、エンジンの隙間あたりから、「キュルキュルキュル……ッ!」という、今までに一度も聞いたことのない高音の金属摩擦音が、周囲のセミの鳴き声を切り裂くようにして響き渡った。さらに、ステアリングを握る大輔の手のひらに、わずかに車体がガタガタと不規則に振動している感覚が伝わってきた。
大輔の心臓が、冷水を浴びせられたように冷たくなった。
「な、なんだこの音は……故障か?嘘だろ……」
アクセルを軽く踏み込むと、音はさらに高くなり、車内まで響いてくる。大輔の脳裏には、一瞬にして数年前のあの暗いトラウマと、底知れぬ恐怖が広がっていった。
「やっぱり、いくらカーマッチが完璧に整備してくれたと言っても、所詮は中古車だからダメだったのか……。もしエンジンやミッションの大きな故障だったら、修理代に20万円も30万円もかかってしまう。せっかく真由美の草津での仕事や、俺の長浜での新しいプロジェクトが軌道に乗って、家計が安定してきたのに……ここで大金を失ったら、またあの地獄のどん底に逆戻りしてしまうんじゃないか……」
過去に一度、会社の資金繰りがショートして全てを失った大輔にとって、予測不可能な「予期せぬ支出」は、恐怖そのものだった。世の中の多くの中古車販売店では、「現状販売だから、納車した後の不具合は全てお客様の自己責任、実費負担です」と冷たく突き放されたという話を、大津市の現場の職人仲間からもよく聞いていた。売るときだけ調子のいいことを言って、トラブルが起きれば逃げる。それが中古車業界の裏の顔ではないのか、という疑念が、大輔の心を支配しかけていた。
大輔は、栗東市内のコンビニの駐車場に命からがら車を滑り込ませ、エンジンを切った。車外に出ると、アスファルトからの照り返しと熱気で目眩がしそうだった。大輔は震える指でスマートフォンの連絡先をスクロールし、「カーマッチ滋賀守山店」の番号をタップした。呼び出し音が鳴る数秒間が、まるで何時間にも感じられた。
「はい!カーマッチ滋賀守山店、高橋です!」
スピーカーから飛び出してきたのは、あの懐かしい、太陽のように明るい高橋店長の声だった。
「あ、あの、高橋店長……木村です。今、湖南市の現場から帰る途中なんですが、エンジンのあたりから急にキュルキュルと凄い音がして、車体が震え出して……どうしたらいいでしょうか……」
大輔の声は、完全に動転し、情けないほどに引き攣っていた。
しかし、高橋店長は、大輔のそのパニック状態を完全に包み込むように、極めて冷静で、かつ圧倒的に優しい声で答えた。
「木村さん!お久しぶりです!まず、お怪我はありませんか?奥様や翼くんは乗っていませんか?……そうですか、木村さんお一人ですね。車は安全な場所に停められていますか?……栗東のコンビニですね、良かったです。木村さん、まずは大きく深呼吸をしてください。大丈夫です、何も心配することはありませんよ!」
高橋店長は、故障の状況よりもまず、大輔自身の身体の安全を第一に確認してくれた。その第一声を聞いただけで、大輔の頭に上っていた血が、すっと引いていくのが分かった。
「木村さん、そのキュルキュルという音の特徴からすると、おそらくこの猛暑の熱で、オルタネーターかエアコンを駆動している『ファンベルト』が急激に劣化して緩んだか、あるいはエアコンコンプレッサーの初期不良の可能性が高いです。木村さん、当店でご契約いただいた際、すべての車に付帯している『あんしん保証制度』の内容を覚えていますか?」
「あんしん、保証……ですか?」
「そうです!当店は売ったら終わりの店ではありません。今からすぐに、木村さんがいる場所から一番近い、守山市内の提携指定工場の整備士を手配します。もし自走が不安であれば、保証のロードサービスでレッカー車を向かわせます。もちろん、保証対象の部品であれば、木村さんの費用負担は『1円も』ありません、完全無料です。ですから、家計の心配なんて全くせずに、私たちプロにすべてお任せください!」
「売ってからが、本当のお付き合いです」
大輔は、高橋店長の指示に従い、ロードサービスの積載車に相棒を載せ、自身もタクシーで守山市内にあるカーマッチの提携指定整備工場へと向かった。
工場に到着すると、そこにはすでに高橋店長から連絡を受けていたベテランの整備士が待機しており、「木村さん、大変でしたね!すぐに見ますから、涼しい待合室で待っていてください」と、手際よくボンネットを開けて点検を開始した。
作業を待つ間、待合室の自動ドアが開き、作業服を着た高橋店長が、息を切らせて駆け込んできた。その手には、大輔のための冷たい麦茶と、翼のためのサッカーブランドのスポーツタオルの差し入れが握られていた。
「木村さん、お仕事でお忙しい中、こんなトラブルでお時間を取らせてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」高橋店長は大輔の前に立つと、深く頭を下げた。
「いいえ!高橋店長、とんでもないです!私の方こそ、パニックになって大きな声を出しちゃって……。それに、まさか店長がわざわざ工場まで駆けつけてくれるなんて思ってもみませんでした」
大輔は恐縮しながら、冷たい麦茶を受け取った。
「当然ですよ、木村さん」高橋店長は、大輔の隣の椅子に腰掛け、真剣な眼差しで語り始めた。
「一般的な多くの車屋はね、車を引き渡して、利益が確定する『売るまで』が自分たちの仕事だと思っています。しかし、私たちカーマッチ滋賀守山店は、全く逆の思想を持っています。【納車後から始まる本当の関係】こそが、私たちの存在価値であり、お客様に対する命がけの責任なんです」
高橋店長は、窓の外で大輔の車を熱心に整備している職人の姿を見つめながら言葉を続けた。
「特に、木村さんのように『信用回復ローン』を利用して、過去の傷を乗り越え、毎月真面目に家計を管理して再出発されているお客様にとって、突発的な『車の故障による数万円の出費』というのは、単なるお金のマイナス以上の大ダメージになりますよね。せっかく築き上げた生活のバランスが崩れ、返済計画が狂い、心に再び暗雲が垂れ込めてしまう。私たちは、そんなことのために車を売ったのではありません。お客様が84回の支払いを完全に終え、本当の自立と信用を取り戻すその日まで、後ろから24時間いつでも支え続ける伴走者でありたい。だからこその『あんしん保証』であり、滋賀県全域(守山・栗東・草津・大津・長浜・東近江・甲賀・湖南)の整備ネットワークなんです」
支払いの相談にも寄り添う優しさ
高橋店長の話は、車の修理だけにとどまらなかった。
「木村さん、実は少し気になっていたんです。最近、お支払いは毎月無理なく続けられていますか?お仕事の状況や、もし家計の面で『今月は現場の谷間で、少し引き落としがピンチかもしれない』というようなことがあれば、どんなに小さなことでも、事前に私に相談してくださいね」
「えっ、支払いの相談も、高橋店長に乗ってもらえるんですか?」大輔は驚いた。
「もちろんです!もし事前に相談していただければ、当店がローン会社との間に立って、支払日の調整をしたり、今月分を少し猶予してもらうような手続きのサポートができます。一番やってはいけないのは、誰にも相談できずに27日の引き落としをストップさせてしまい、信用情報に『未入金』の傷をつけてしまうことです。私たちは木村さんの信用を『回復』させるためにここにいるんですから、困った時は何でも頼ってください」
大輔は、胸の奥から熱い涙が込み上げてくるのを必死に堪えていた。この店は、本当に自分たち家族の人生を丸ごと守ろうとしてくれている。ただの「中古車屋」という枠を遥かに超えた、人生の恩人がここにいた。
「木村さん、お待たせしました!原因は予想通り、ファンベルトの経年劣化による緩みと亀裂でした。新しい対策品のベルトに交換し、テンショナーの調整も完璧に行いました。もちろん、費用はカーマッチさんのプレミアム保証対象ですので、本日のお会計は『0円』です!」
整備士が、笑顔で伝票を持ってやってきた。
大輔が運転席に戻り、エンジンをかけると、あの不快な異音は完全に消え去り、新車の時のように静かで滑らかなアイドリング音が復活していた。夏の強い日差しの中、新しくなった相棒のアクセルを踏み込みながら、大輔は確信していた。
カーマッチ滋賀守山店がついている限り、自分たちのこれからの車生活に、そして人生に、恐れるものは何一つないのだと。車は、再び守山の美しい青空の下を、軽快に走り始めた。
第11章 最後の支払い、取り戻した自信
カウントダウンの終わり
光陰矢のごとし。カーマッチ滋賀守山店での劇的な出会いから、瞬く間に7年という歳月が流れていた。
木村家の周囲の環境は、7年前の困窮が嘘のように、見事な大樹へと成長を遂げていた。長男の翼は、小学校から中学校を経て、今や滋賀県内でも有数のサッカー強豪高校の2年生になり、背番号を背負って滋賀県東近江市や長浜市のスタジアムを縦横無尽に駆け回っていた。妻の真由美は、草津市の特別養護老人ホームでの長年の献身的な働きが認められ、パートから正社員へ、そして今や現場の介護主任として部下を指導する立場になっていた。大輔自身も、大津市の建築会社で「親方・総括責任者」として、滋賀県全域の大規模プロジェクトを指揮し、会社の発展に不可欠な存在となっていた。
そして、ついにその運命の日がやってきた。
2033年(令和15年)7月27日。
大輔のスマートフォンが、朝7時にいつもの特別なリマインダー音を鳴らした。
画面に表示された文字を、大輔は1文字ずつ、噛み締めるように読み上げた。
【信用回復ローン・最終回(84回目)口座振替日】
大輔は、仕事へ向かう前の静かなリビングで、スマートフォンの銀行アプリにログインした。画面に表示された専用口座の残高には、今月分の28,000円が、1円の狂いもなく美しく準備されている。
翌7月28日の早朝、大輔は再びアプリを開き、恐る恐る「取引明細」のページをタップした。
画面が更新される。そこには、過去7年間、毎月欠かさず刻まれ続けてきたあの文字が、これで最後となる一行として、静かに、しかし圧倒的な存在感で印字されていた。
『2033/07/27 コウザフリカエ(シンハンカイシャ) -28,000円』
エラーコードはない。残高不足の警告もない。
「終わった……。本当に、終わったんだ……」
大輔は、スマートフォンの画面を凝視したまま、ソファに深く身体を沈めた。次の瞬間、胸の奥底から、ダムが決壊したかのように熱い涙が溢れ出し、大輔は顔を両手で覆って、子供のように声を上げて泣いた。
7年間。月数に直して84ヶ月。日数にすれば3,000日近い日々。
あの暗闇の倒産劇から、社会に絶望し、すべての自信を失っていた自分。他店で門前払いされ、「お前には価値がない」と突っぱねられた自分が、カーマッチ滋賀守山店の高橋店長を信じ、毎月28,000円という約束を、一度の遅延も、一度の言い訳もなく、完璧に守り抜いたのだ。
それは、失ってしまった自分の社会的な「信用」と「人間の尊厳」を、みずからの額に汗する労働によって、1ヶ月ずつ、1円ずつ、執念深く買い戻していくような、果てしない精神の旅路だった。
郵便ポストに届いた「所有権解除書類」という免状
最終支払日から1週間後、木村家のポストに、信販会社のロゴが入った一通の分厚い特定記録郵便が届いた。
大輔がハサミで丁寧に開封すると、中から数枚の厳かな重要書類が現れた。
「所有権解除承諾書」
「信販会社印鑑証明書」
「譲渡証明書」
これまで7年間、相棒の車検証の「所有者の氏名」の欄には、常に信販会社の名前が冷酷に記載されていた。大輔の名前は、あくまで「使用者」の欄に過ぎなかった。しかし、この数枚の書類は、ローンが100%完全に完済され、この車に関わる全ての債務が消滅したことの公式な証明書だった。この書類を持って、守山市を管轄する滋賀運輸支局(守山市木浜町)の窓口へ行けば、車の所有権は、名実ともに完全に「木村大輔」個人のものになるのだ。
その日の夜、大輔はリビングのテーブルにその書類を綺麗に広げ、帰宅した真由美と、遠征から戻った翼を呼び寄せた。
「真由美、翼。ちょっとこれを見てくれ。これ……車の名義変更の書類だ。7年間のローン、今日ですべて終わったよ。この車は、今日から完全に、我が家の、俺たちの所有物になったんだ」
大輔が言うと、真由美は書類を手に取り、その文字を見つめながら、大輔の胸に顔を埋めてワンワンと泣いた。
「大輔さん……本当にお疲れ様。本当に、本当によく頑張ったね。毎月27日が来るたびに、あなたがどれだけ真剣に通帳を確認して、現場で泥だらけになって働いていたか、私は誰よりも近くでずっと見ていたよ。過去の失敗なんて、もう誰も気にしない。あなたは世界で一番誠実で、最高の旦那様だよ。私を、こんなに幸せにしてくれてありがとう」
高校生になり、大輔よりも背が高くなった翼も、大輔の肩を力強く叩きながら、男同士の笑顔を浮かべた。
「パパ、すげえよ、本当にかっこいいわ。この白いミニバン、俺のサッカーの送り迎えで、滋賀中のグラウンドを何周も走ってくれたもんな。パパが毎月約束を守ってくれたから、俺は思いっきりサッカーができたんだ。感謝してるよ」
大輔は、家族の言葉を聞きながら、胸の奥から湧き上がるような、今までに味わったことのない【本物の自信】が、全身の血流となって駆け巡るのを感じていた。
過去の破産や任意整理は、大輔の魂から「自信」という名の骨組みをすべて叩き折っていた。「どうせ俺なんてブラックだから」「何をやっても社会からは日陰者扱いだ」という卑屈な劣等感が、常に心の奥底に重く沈んでいた。しかし、この7年間、自分の力で毎月の責任を果たし、1つの約束を完遂したという揺るぎない「事実」が、その劣等感を根こそぎ消し去ってくれたのだ。社会に対して、家族に対して、そして何より自分自身に対して、今、大輔は胸を張って「私は約束を守り抜く、信頼に足る男だ」と、心の底から宣言することができた。
クレジットカードの審査、そして完全なる「社会的復活」
ローン完済からさらに数週間後、大輔は、かつて高橋店長が契約の日に言っていた「ある未来のテスト」を試してみることにした。
インターネットの画面から、日本で最も審査が厳格とされる大手流通系クレジットカードの入会手続きである。
7年前の自分であれば、住所と氏名を入力し、クリックしたわずか5分後には、「誠に恐れ入りますが、今回はカードの発行を見送らせて……」という、あの呪いのようなお断りメールが届いていた。
大輔は、大津市の施工管理責任者としての現在の年収と勤務年数を入力し、現在の守山市の住所を打ち込み、深呼吸をして「申し込む」のボタンをクリックした。
審査結果は、すぐには届かなかった。人間の目で、現在の彼の信用情報がチェックされている証拠だった。
そして4日後の土曜日。木村家のポストに、1通の「本人限定受取郵便」の通知書が届いた。
大輔が守山郵便局の窓口へ行き、身分証明書を提示して受け取った封筒を開封すると、中から、太陽の光を浴びてキラリと金色に輝くプラスチックのカード――木村大輔の名前が、美しいエンボス加工で刻まれた、本物のクレジットカードが現れた。
大輔は、局のロビーでそのカードを両手で握りしめ、天を仰いだ。
「戻ってきた……。俺の信用が、俺の人生が、完全に普通の社会へと戻ってきたんだ……!」
カーマッチ滋賀守山店で組んだ信用回復ローンは、単に移動のための車を買うための手段ではなかった。過去の暗闇で溺れていた木村大輔という人間の手を掴み、7年という歳月をかけて、再び光り輝く「普通の社会の表舞台」へと引き揚げてくれるための、最強の命の綱(ライフライン)だったのだ。
四本のタイヤが運んできた本当の未来。それは、車という鉄の塊ではなく、人間としての真の尊厳と、どこまでも自由な未来への切符そのものだった。
第12章 今日もシャッターは開いている
晴れやかな凱旋と、全開のシャッター
クレジットカードが届いた翌週の土曜日。大輔は、名義変更の手続きを完全に終え、車検証の所有者欄に「木村大輔」の4文字が誇らしく刻まれたパールホワイトのコンパクトミニバンを運転し、守山市内の幹線道路を軽快に走っていた。
目的地はただひとつ。すべての物語が始まった場所、カーマッチ滋賀守山店である。
助手席には真由美、後部座席には翼が乗り、手には高橋店長と店舗のスタッフへの溢れる感謝の気持ちを込めた、滋賀県でも高名な和菓子店の特製菓子折りが大切に抱えられていた。
店舗へ続く最後の交差点を曲がった瞬間、大輔の目に、7年前と全く同じ、しかし全く違う景色が飛び込んできた。
数年前、初めて訪れたあの冬の朝、大輔の心に根拠のない恐怖を植え付けたあの整備工場のシャッター。
今日のそのシャッターは、雲一つない夏の青空に向かって、これ以上ないほど【堂々と全開】に開け放たれていた。ピットの奥まで太陽の光が差し込み、工具の金属パーツが眩しく輝いている。
車を敷地内のいつもの駐車スペースに停めると、ピットの中から、少し髪に白いものが混じり、しかし7年前と全く変わらないエネルギッシュなネイビーの作業服を着た高橋店長が、パッと顔を出した。
大輔たちの姿を見るなり、高橋店長は手にしたトルクレンチを置き、顔いっぱいに最高の笑顔を咲かせて駆け寄ってきた。
「木村さん!真由美さん!そして翼くん、うわあ、もう僕より背が高いじゃないか!皆さん、よくお越しくださいました!」
「高橋店長、ご無沙汰しております!」大輔は車を降り、高橋店長の前に立つと、直角に深々と頭を下げた。
「昨日、ローンの完済手続きと、車の名義変更がすべて完了いたしました。これが、私の名前が入った新しい車検証です。店長、7年間、本当に、本当にありがとうございました。我が家が今日あるのは、すべて店長のおかげです!」
大輔が車検証を提示すると、高橋店長はそれを両手で恭しく受け取り、自分のことのように目を真っ赤に腫らしながら、何度も何度も頷いた。
「木村さん、おめでとうございます……!84回、一度の遅れも入金不足もなく、完璧に完済されたこと、信販会社のデータでも確認しております。本当に、本当に素晴らしいです。この車検証に書かれた木村さんの名前はね、他の中古車店が貼るどんな高級なステッカーよりも、世界で一番価値のある、木村さんの『誠実さの証明書』ですよ。私は、木村さんをご担当できたことを、心の底から誇りに思います!」
高橋店長は大輔の手を握りしめ、二人は男泣きに泣いた。真由美もその横で、ハンカチで目を押さえていた。
繋がっていく、再生のバトン
高橋店長に促され、あの懐かしい木製のデスクがある商談スペースでお茶を飲んでいると、店舗の入り口のロータリーに、一台の地元の個人タクシーが静かに停車した。
自動ドアが開き、中から出てきたのは、30代前半ほどの若い夫婦と、まだ3歳にも満たないような、おてんば盛りの小さな女の子だった。
その夫婦は、タクシーを見送った後、店舗の敷地に入るのを躊躇するように、その場に立ちすくんでしまった。夫の肩はガチガチに緊張で強張り、周囲の展示車を怯えたような目で見つめている。妻は子供の手をきつく握りしめ、うつむいたまま一歩も動けない様子だった。
大輔は、その夫婦の姿を見た瞬間、胸の奥が締め付けられるような、強烈な既視感(デジャヴ)を覚えた。
「あ……あの夫婦、7年前の、俺たちだ」
若い夫は、意を決したように一歩を踏み出し、店舗の受付スタッフに向かって、今にも消え入りそうな、震える声で話しかけた。
「あの……インターネットのホームページで、『信用回復ローン、頭金なし、金融ブラックOK』っていうのを見て、すがるような気持ちで予約した高橋と申します……。実は、僕は数年前にクレジットカードの支払いを滞納してしまって、いわゆるブラックリストに載っています。栗東や草津の大きなディーラーに行ったら、書類を書いただけで『うちでは審査すら通りません』って、追い返されてしまって……。本当に、僕たちみたいな状態でも、車を買う方法があるんでしょうか。子供の保育園の送迎や、妻の仕事のために、どうしても車が必要なんです……」
若い父親の、その悲痛な告白。他者から拒絶されることへの恐怖、自分への不甲斐なさ、家族への申し訳なさ。そのすべてが、かつての大輔そのものだった。
高橋店長は、その夫婦の様子を察すると、大輔たちに向かって静かに一度だけ目配せをした。その目には、「木村さん、ここからは私のいつもの仕事です」という、絶対的なプロフェッショナルの誇りが宿っていた。
高橋店長は席を立ち、作業服の汚れをパッパと払うと、その若い夫婦の前へと歩み出た。
その顔には、7年前に大輔たちを救ってくれた時と全く同じ、1ミリの偏見も、1ミリの濁りもない、まるで世界中の全ての痛みを包み込むような、圧倒的に温かい笑みが浮かんでいた。
「高橋様、奥様、そしてお嬢ちゃん!お暑い中、よくぞ当店を見つけて、お越しくださいました!カーマッチ滋賀守山店へ、心から歓迎いたします!」
高橋店長の声が、全開になったピットと店内に、心地よく響き渡る。
「他のお店で断られたことなんて、ここでは一切気にする必要はありませんよ。過去のデータなんて関係ない。私たちは、高橋様ご家族の『今のがんばり』と、これからの『最高の未来』を一番大切にしています。大丈夫です、車を諦める必要なんて絶対にありません!さあ、涼しい中で、一緒に新しい人生の計画を立てましょう。私にお任せください!」
高橋店長のその力強い言葉、100%の肯定に満ちた声を聞いた瞬間、若い夫婦の強張っていた肩の力が、目に見えてふっと抜け、妻の目から大粒の涙がこぼれ落ちるのが分かった。
彼らの新しい「再生の物語」の歯車が、今、この守山の地で、確かに回り始めたのだ。
四本のタイヤが広げる、無限の未来へ
大輔は、若い夫婦に人生のバトンを渡すように、高橋店長の後ろ姿に向かって、心の中で深く一礼した。
「大丈夫ですよ、お父さん。その店長を信じて、これからの『今』を一生懸命生きれば、7年後には、あなたも絶対に俺と同じ場所に立てますから」
木村一家は、新しいお客様の邪魔にならないよう、スタッフに挨拶をして、静かに店舗を後にした。
外に出ると、夏の太陽がパールホワイトのボディをまばゆいほどに照らしている。7年前にオークション会場からやってきた相棒は、今も変わらず、四本の新品のタイヤをどっしりと路面に据えて、主人の乗り込みを待っていた。
大輔は運転席に座り、キーを回す代わりに、あの新しく届いたクレジットカードを財布の特等席へと収めた。
エンジンをスタートさせる。滑らかに、力強く回り出す1,500ccの鼓動。
四本のタイヤがゆっくりと回転を始め、車はカーマッチ滋賀守山店の敷地を出て、光輝くさざなみ街道へと滑り出した。
このタイヤは、もう過去の重荷や罪悪感なんて、1グラムも運んではいない。
完全に自由になり、社会的に大復活を遂げた木村家の、そしてこれからまだまだ無限に広がっていく、翼や真由美の明るい未来だけを乗せて、どこまでも続く滋賀の美しい大広間へと、堂々と加速していく。
バックミラーを覗くと、カーマッチ滋賀守山店の全開になったシャッターの前で、高橋店長が、新しい家族の未来を背負いながら、小さくなるまで大きく手を振り続けていた。
今日も、明日も、あの場所で、誰かの絶望を希望へと変えるための扉は、力強く開き続けている。木村大輔は、アクセルを優しく踏み込み、どこまでも青く広がる琵琶湖の水面に向かって、愛車とともに、誇り高き未来へと真っ直ぐに突き進んでいった。

